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Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

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今年も一年ありがとう

c0007384_17323723.jpg母がお餅と一緒に小豆を送ってくれた。

ああ、煮るの面倒( -_-)
でも保存食だからってしまい込むと、日の目をみないことも明らかなわけで……

しばし思案。

おお、そうだ!
あんこ好きな息子に頼んでみよう!

「ねえねえ、この本に小豆の煮方書いてあるから煮てよ。」
「ほい。」

そして私が友達とお茶してくっちゃべっていたほんの小一時間の間に、小豆がいい具合に煮えていた(◎-◎;)ブラボー!

早速、杵突きのお餅を加えてお汁粉のおやつ。

さすがにあんこ好きな息子が煮ただけあって、おいしい仕上がりだわ!
この愛あるお汁粉あるなら、もう、おせちとかいいや。

最近、仕事がらみで外食多くて、『お家ご飯』に飢えている。
外食って、命の糧であるはずの食事が、みんなお金に換算されちゃうからなんか疲れるんだよね。
お金にするために作られた食事なんて、餌だよ、餌(*_*)
人間がまともに食べられるものだとは到底思えないものを出されて、すごい悲しくなるときがある。

もちろん、外食産業で愛ある食事を供してくれる奇特な人もいるにはいるけど、やっぱり私にとっては、このお汁粉に勝るものはないんだな!

今日からやっと休み。
大掃除とかおせちとかいろいろやらなきゃ、と焦っていたけど、そんなことでドタバタ時間を使ってキュウキュウしながら体裁だけ整えるよりも、まずはゆっくりしよう。
息子の作ったお汁粉食べたら、フッと力が抜けた。

知り合いの少年が、デリバリーのバイトで近くに来たからと、年末のあいさつに寄ってくれて、
「家族が揃っているの、久しぶりに見ましたよ!」
って、言う。
「いや、ほんとに揃ったの、久しぶりなんだよ。」
お正月が明けたらまた忙しい日々が始まる。
だからこそ、今日はもう買ってあるソバを茹でて、後は青菜を茹でたくらいのささやかな夕飯でいいから、家族とゆっくり第九や紅白やフィギュアを楽しもうと思う。


今年一年、ありがとうございました。

よいことばかりは起こらないし、つつがない日々がつづいたりはしないけれど、だからこそ私は育っていけるのだから、来年の試練も楽しみにしていよう。

皆様もよいお年を!
by linket | 2006-12-31 17:32 | ●楽しい我が家 | Trackback | Comments(2)

若いもんには負けてくれ

今朝、母から電話があった(実はこの間の記事の後、こちらから電話していなかったりする)。
正月用の餅をついたから送るよ、だってさ。
たぶん、キンピラとか煮豆とか紅白なますとかも送られてくるのだろう。
年末年始は実家に帰ろうかとも思ったのだが、30日まで仕事があるのでやめておいた。
正直、休みになったらなにもせずに寝ていたい。

「だったら実家に帰ればゆっくりのんびりダラダラできるんじゃない?」
などと思ったあなた。
チッチッチッ!
実家に行ったら、緊張の連続で、片時も心の休まる暇なんてないんだな、これが。

子供のころから
「本なんか読んでる暇があったら手伝え!」
「テレビなんか見て笑ってるなんていい気なもんだ!」
などと、忙しい母に怒鳴られていたので(いや、もちろんいつもじゃないんだけど、頻繁に)、母の気配を感じると条件反射的に身体が動いて掃除とかをはじめてしまう。
たぶん、昔ほど忙しくも怒りっぽくもなくなった今の母なら、たまに来る娘がダラダラしていても怒らないとは思うが、三つ子の魂百まで。。。というわけで、つい母の顔色を伺ってしまう悲しい習性。
もう41歳だっていうのにさ、なんか情けない話だよ。

そうだな、例えて言うなら子供のときからシルバーシートに座らされ続けている気分だ、とでも言おうか。
以下、妄想。。。。。。。

------電車に乗る母子
母「あんたは椅子に座ってなさい。小さいんだから。でもお行儀よくするのよ。足をブラブラさせてはいけません。靴のまま椅子に乗ってもいけません。まわりの人に迷惑をかけないで。ホラっ、居眠りしたら隣の人にぶつかっちゃうでしょ。きちんとしなさい。お年寄りが来たら席を譲るのよ。」

娘「はい、おかあさん。言うことを聞くから怒らないで。」

母「お母さんは怒ってなんかいませんよ。あんたのことを思って言っているの。いいこと。あんた達は恵まれているのよ。お母さんがあんたくらいのときには、椅子なんかなかったんだから。戦争でいつ死ぬかもわからなかったんだから。平和な世の中に感謝して、一生懸命勉強して、立派な人になりなさい。」

------あれから10年
娘「はい、おかあさん。でも私、もう小さな子供じゃないから、立ったほうがいいんじゃない?」

母「いいのよ、別にお年寄りが目の前に立っているわけじゃないんだから。それより前の席に座っている宏君(仮名)より、勉強を頑張りなさい。これからは女だって社会に参加できるのよ。本当にいい時代になったわね。お母さんたちが味わった女であることの屈辱を、あんた達が頑張って晴らしてね。」

--------さらに10年
娘「はい、おかあさん。でも私、宏君が好きなの。あっちの席に移ってもいい?」

母「なにバカなことを言ってるの。宏なんかより、もっといい条件の男がいるわよ。お母さんが年ごろの頃なんて、結婚相手の男だっていなかった。もしも男が戦争であんなにたくさん死んでなけりゃ、あんたのお父さんとなんか結婚しなかったのに。あんたには、こんな苦労はさせたくない。だから宏はやめなさい。もっと条件のいい人じゃなけりゃ、幸せにはなれないわ。」

--------さらに10年
娘「はい、おかあさん。でも幸せな人生ってどんなの?」

母「さあね、そんなの知らないわ。なにせお母さんの人生は苦労の連続。我慢の一生。いいのよ、私が我慢すればみんな幸せなんだから。」

---------さらに10年
娘「はい、おかあさん。でも私、なんだか辛いの、苦しいの。ちっとも幸せな気分じゃないわ。」

母「なに贅沢を言ってるの!ずっと座って大学まで出してもらって、きれいな洋服を着てチャラチャラ遊んで、いったいなにが不服だっていうの!私なんかもっともっと苦労したのよ。あんたにはそんな思いをさせたくないと思ったから・・・」

---------さらに10年
娘「いいえ、おかあさん。あなたはすっかりお年寄りになったのよ。お年寄りには席を譲らなくちゃ。さあ、どうぞ。」

母「冗談じゃないわ。私を年寄り扱いしないで頂戴。まだまだ若いもんには負けられない。確かに白髪は増えたけど、私の骨年齢はあんたより若いのよ。鍛え方がちがうからね。」

娘「いいえ、おかあさん。私はここから立ち上がって、自分の人生を歩くの。」

母「勝手にしなさい! そんな子に育てた覚えはないわよ、お母さんの言うとおりにしなかったら、どうなるか知らないわよ。」

娘「いいえ、おかあさん、そんな呪いの言葉にはもう縛られない。たとえあなたの夢描いたような人生じゃなくても、私は自分の足で歩きたいの。自分の身体で転んで、自分の力で立ち上がりたいの。いままで守ってくれて、感謝してる。でもお母さんは、自分ができなかったことを私で叶えようとしただけ。私がお母さんの人生を生きなくちゃいけなかったら、私の、私自身の人生はどうなるの? 私はあなたの分身じゃない。お願いだから、もう邪魔をしないで。」

娘立ち上がって、よろよろしながらも自分の意思で電車を降りる。




情けない話を、最後は少し勇ましくしてみた。
ちなみにこれはフィクションです。
実在する人間とは関係ありませんので、ご了承ください。
by linket | 2006-12-26 19:30 | ●母と仲良くしたいけど | Trackback | Comments(9)
c0007384_1692925.jpg「子供ってさ、いったいいつまでサンタクロース信じてるのかな?」
幼稚園児を子に持つ知人に、そう聞かれた。
「うちは、小学校卒業までは完璧信じてましたよ。」
「嘘でしょ? 本当はいないって知ったときに、傷つくんじゃないの?」
「そんなことありません!  子供にはファンタジーが必要なんです!」

とは言ったものの、ちと気になったので息子にインタビュー。
「ねぇねえ、サンタはほんとはいないんだって知ったとき、傷ついた?」
「別に。」

よかった!
ちなみに、我が家では『嘘はついてはいけないが、ホラは吹いてもいい』という家訓だったので、子供たちはサンタの話が本当ではないと知っても傷つかなかったのかも。

「だけどさ、君たちはサンタに高いモノねだらなかったよね。」
「そうだっけ?」
「うん、せいぜいゲームソフトくらいだったから、助かったよ。」

そう、だからサンタはいると言い続けられたのだ。
もしも、最新のゲーム機とか頼まれたら、
「実はね、サンタはいないんだよ。そんな高いモノをタダで手に入れられるほど世の中は甘くないことに、君もいいかげん気づきなさい。」
なんて言い含めなければならなかったかもしれない。
なぜか予算一人5,000円くらいでプレゼントを頼んだ親孝行な子ども達。

「それでも結構たいへんだったんだよ。ゲームソフト売り切れてて、新宿まで買いに行ったことあるよ。」
「そうなの?」
「そうそう、一番大変だったのは、ポケモンボードゲーム。あちこち売り切れで、おもちゃ屋何軒も回ったんだよ。で、大きくて隠しておくのたいへんで、車のトランクに入れておいたんだ。」

ああ、楽しかったなぁ。
クリスマスって、子供が小さいときだけ楽しめるイリュージョンの世界だよね。
クリスチャンでもない我が家なのに、クリスマス(特にサンタさんのプレゼント)に関しては、思い出深いエピソードが満載だった。

「お母さん、サンタはイトーヨーカ堂でおもちゃを買うの?」
グワッ!包装紙のこんな小さなロゴ、絶対気がつかないと思ったのに! 侮ったぜ、幼稚園児!!
「そ、そうだよ、イトーヨーカ堂はね、世界中に6,482店舗もあるんだよ(←もちろん嘘……いや、ホラです!)」
「そうなんだぁ!」
なんてかわいいことを言っていた娘も、すでに彼氏にプレゼントをねだる歳になり、今夜はいません。
正直、ちっと淋しいです。

小さな子供さんを持つ皆様、どうぞ楽しいクリスマスを!
(若者はどうでもいいです。言わなくても勝手に楽しくやってるだろうから。)
子供が大きくなるのは、本当にあっという間なんですから。
by linket | 2006-12-24 16:14 | ●楽しい我が家 | Trackback | Comments(3)

小さな種

c0007384_22534046.jpgムシャクシャして夜の交差点を全力疾走で駆け抜ける
こうみえて長距離走の選手だったんだから
一瞬、昔の感覚が甦る
自分で風を起こして前へ前へと空間を切り開いてゆく私

どこまでだって行けそうで
なんだってできそうで

でもすでに中年のおばさんになっている身体は
次の交差点までさえも持ちこたることができない

ハア、ハア、ハア・・・
息が上がる
いい年してなにやってるんだろう!?
年だけはくったのに未だに感情的で不安定でおとな気ない自分を持て余す

どうしたらこの荒れ狂う感情をうまくかわせるんだろう
我慢をしたら自家中毒で、他人にぶつけたら悪循環
試しにニコニコニコニコしてみたが、心はしぼんでいくばかり

そうか!

私には言葉があった
感情的な言葉はウソだらけ
感情という落ち葉のその下に隠れた小さな種を捜し出せ!
ガサガサする落ち葉を掻きわけて
さらにその下の腐りかけた腐葉土の下までさぐるんだ!

ああ、ここにあった
小さな種

感情が私ではない
この小さな種こそが私なのだ
大樹へと育ちゆく可能性を秘めた輝く珠こそ
私というものの真実だ
by linket | 2006-12-11 22:53 | ●無駄人間になってやる | Trackback | Comments(2)

私はいじめっ子でした

<教育再生会議>いじめ対策の「出席停止」素案明記 論議に

c0007384_9535078.jpgイジメについて、書こうか書くまいか、ずっともやもや考えていた。
イジメと言ってもいろいろなケースがあるので、『これが原因でこれが解決策です』なんてひとことで言えることではないので、あくまでも自分の体験だけを書こうと思う。

私はいじめっ子だった。

反撃を受けてクラス中からシカトされたことも経験しているが、やっぱりいじめた方が圧倒的に多い。
自分でいうのもなんだが、小・中学校では成績はいい方で、先生の信頼も厚く、学級委員などもやっていた。
本を読むのが好きで、苦手なことにも頑張って取り組み、できるだけ友達と仲良くし、おかしいと思えば大人にも食ってかかるような、正義感あふれる正しい子供だったのだ。

そんな私が、なんで人をいじめたのか?

いじめたくなる奴が『正しくなくて』ムカついたからだ。
そして正しくないのに、愛されている(家族に存在を認められ大事にされている)ことが羨ましくて、妬ましくて、許せなかったからだ。

『成績がいいから先生から認められる』
『家の手伝いをよくするから親に受け入れられる』
『挨拶がきちんとできるから近所の人からほめられる』
『協調性があるから友達の仲間に入れてもらえる』

そういう正しい人であることを求められ、それに要領よく応えることで、私は存在を許されていると思っていた。
なのにだ、まわりを見渡せば、私のように要領のいい奴ばかりではない。
勉強ができなくて、なにをするのもどんくさく、はっきりしなくて泣き虫で、仲間と同じことができない奴は、私にとって虐げて当然の人間に思えた。
もちろん、こういう分析的なことは、今だから言えることで、子供のときは、とにかくただムカついたからいじめた。

相手がどう思うかなんて、考えてなかった。
『お前が正しくないからいじめられるのだ』という論理だからだ。

 イジメは悪いことだからやめましょう!

と、いう論理は、いじめている本人には届かないと思う。
本当に悪いと思ってたら、子供は素直だからやらないよ。
悪いと思っていないのだ。
逆に、悪い奴を天に代わって成敗してくれる、ぐらいの気持ちなのだ。
だって、子供を取り巻く社会全体が要領がよくて都合のいい人間を求めていて、大人社会の中でもそれにそぐわない人間は排除して当たり前だ、という世の中なんだもの。
私はそれを真似していただけだ。
言っておくが、私は自分の過去のおろかな行為の言い逃れをしたいわけではないし、親の育て方が悪かったからだなどというお手軽な犯人探しをしたいわけではない。
私の体験を通して、こういう価値観を子供に植え付けると、結果としてこうなりますよ、というケースを提示したまでだ。

いま、自分が親という立場にあって、自分の子供がいじめられる側になることよりも、自分の子供がいじめる側になる方がしんどいな。
自分の子供がいじめられたら、私は全力で子供を守る。

「あなたは悪くない。
いじめた相手は根性が捻じ曲がっていて、かわいそうなやつだから、相手にするな。
辛いなら、学校にいかなくてもいい。
転校したっていい。
残念なことに、私たち大人がつくった社会はこんなろくでもないことになってしまったけれど、それでもその中で生きていくしかない。
理想のパラダイスなんかありゃしないんだから、いじめた相手を責めるよりも、自分がこのイカレた社会でなんとか生きていく術を、死ぬ気で考えろ。
大丈夫だ。
世界中からシカトされても、家族だけは絶対に味方だから安心しろ。」
といって、抱きしめてあげられる。

だけど、もしも自分の子供が人をいじめているとしたら、それは親として私がやってきたことがどこかズレていたということだ。
「愛しているよ」と言ってきたことが、本当には伝わっておらず、自分は大事にされていない、と子供が感じてるということだ。
親として、怠慢だったんじゃねえの? って突きつけられるということだ。

人とかかわって行くことに、これで満点なんてゴールはない。
面倒くさくても、しんどくても、かかわり続けていくことしか救いはない。
救いはゴールではないけれど、生きていく力にはなるから、今日も迷いつつ、私は人とかかわっていく。
by linket | 2006-12-08 14:22 | ●頑張れ若造! | Trackback | Comments(7)

この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため


by hami