Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

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c0007384_15585133.jpgちょっとしたことで、自分の生い立ちから考え方、将来の夢まで全否定された。
さすがに少しへこんだ。
ポジティブにとれば、たぶん私のことを考えてくれているのだと思う。
私の言動は、結果としてこちらの不利益になり兼ねないのだよ、とこんこんと説教された(いやいや、教えていただいた)。

私は人生は人と人とのつながりで成り立っていると思っているのだが、その人を見ていると、人生は闘い以外の何ものでもないようなのだ。

ド田舎の共同体で育ったから、迷惑はお互い様で、相手から奪うことよりも、相手を受け入れるよう、知らず知らずのうちに芯から仕込まれた。
自分は必要以上のもうけをとらない。
必要以上どころか、もしももっと困っている人がいたら、自分は我慢してもその人に分けてあげる。
まわり中が同じような考え方でいるときは、これでうまく回っていた。
自分は必要以上求めないが、相手も必要以上を私に要求してくることもないから、自分が枯れ果ててしまうほど奪われることなどあり得ないことだったのだ。

相手がなにかを要求してくる、というのは、私の中で「よっぽどのことなんだな」と思ってしまう。
だから、自分はさておき、相手の要求を受け入れる。
だけど、経済社会はそんな甘っちょろいことで回っているわけじゃない。

食うか食われるか。
奪ったら奪い返せ。
そうでなければ、刺されて死ぬぞ。

苦しい。
私は相手からどうやって奪ってやろうと虎視眈々と狙うくらいなら、刺されて死んだほうがいい。
闘う人生を否定してるんじゃない。
人は好きに生きればいいと思う。
私は闘いたくないだけだ。
世界はこんなに恩寵にあふれているのに、どうしてみんなが奪い合いをするのかわからない。

泣きながら友達に電話したら、
「あなたは間違っていない。彼と生き方が違う。それだけだ。」
と言ってくれた。
ありがとう。
その言葉があれば生きていける。
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by linket | 2005-12-28 16:16 | ●無駄人間になってやる | Trackback | Comments(2)
c0007384_8591922.jpg久しぶりに夢を見た。
息子の中学校の同級生の山田君(仮名)が遊びに来ていた。
話を聞くと、高校生ながらすでに結婚しており(!)相手はかなり年上の外国人で、連れ子が5人くらいいるらしい。
だから山田君は、学校に行くかたわら働いて妻子を養っているというのだ。
なんとけなげなことよ!
新婚生活について楽しそうに話をするが、そこはかとなくただよう生活苦の匂いを私は嗅ぎとってしまい、複雑な気持ちになる。

場面変わって、知り合いの商店に行くと、山田君の奥さん(外国人と聞いていたわりに着物を着た薄幸そうな女)が、借金のお願いに来ているところに出くわしてしまう。
私の友達の女店主は、なんとかしてやりたいがうちも苦しいから、というようなことを言って、山田夫人のお願いを断っている。
肩を落とし店を出る山田夫人。
私は追いかけて言って叫ぶ。

しっかりしろ!
大人なんだから、しっかりしろ!


すると山田夫人は哀しそうな顔で振り返って、でもね・・・といいわけをしようとする。
いつの間にか10歳くらいの男の子になっていた私は、その言葉をさえぎってさらに叫ぶ。

しっかりしろ!
しっかりしなかったら、子どもが泣くんだぞ!


ここで目が覚めた。

***********************

日本の人口が統計を取り始めて以来、初めて減少に転じたそうである。
少子化は止まらない。
私は経済が縮小していくことに楽観的なのだが、子どもが大事にされない社会に甘んじるのはいやだ。

問題は山積みだし、私たち大人だって、本当に大人なのかよ、と自信がない。
大人だって甘えたいんだよ、許してもらいたいんだよ、子どものときのトラウマがあるんだよ。
死ぬほど働いたって将来は不安だし、健康にも自信がないし、お金はちっともたまらない。
子どもは産んでみたけど、お金はかかるし、安全は保証されないし、平気で人をだます人が溢れている。
いろいろ理由を見つけたら、傷ついていない人間なんかいない。

山田夫人は弱気な私の投影だ。
そして、10歳の子どもになって叫んでいた私もまた、私の一部だ。
山田夫人のように現実に負けてしまいそうな自分がいる一方で、10歳の子どもの素直さでまともに生きていきたいと渇望する自分がいる。

目が覚めて、まだ大丈夫だと思う。
私の中にあの少年がいる限り、私はまだ育っていける。
絶望せずに、いまこの一歩を進めていける。
目的地なんてきっとない。
すべてがうまくいく理想郷なんてただの夢なのだ。
社会はますます混沌とし、歳を重ねるごとに私はどんどん複雑になる。
だからこそ、心して真摯に生きなければ。
大人なんだから、しっかりしなければ。
子ども(自分に期待するまっすぐな自分)を泣かせるわけにはいかないからね。
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by linket | 2005-12-23 08:58 | ●平熱スピリチュアル | Trackback | Comments(2)

ストレスは肝臓にくる

c0007384_8174666.jpg知り合いの田中さん(仮名)が、仕事上のストレスから円形脱毛症になり、さらには肝臓のなんとかという数値が上がって、入院することになった。
「酒を飲まないからって油断しちゃダメだぞ。その数値はストレスで上がるんだから。肝臓は大事にしないと一生抱えることになるから、よく養生した方がいいよ。とにかく無理は禁物だから。赤ん坊(田中さんには0才児の子どもがいる)も結構ストレスになるからな。」
と、病気に詳しい鈴木さん(仮名)が、アドバイスをしていた。

聞いていて、泣きそうになった。
何年か前に、霊感のある知人に「肝臓が悪いわよ。気をつけなさい。」と言われたのだけれど、酒も飲まないのに肝臓なんか悪くなるもんか!と思って、忠告を無視したことがあったのだ。
そうか、あの人が言ったことはあながち嘘ではなかったのかも。
私の肝臓も、相当無理をしていたんだろうな。
ごめんよ。
あのとき精神科に行ったら、鬱の診断もらえて仕事は辞められただろうし、内科に行ったら肝臓のなんたらの数値が高くて、一ヶ月療養入院とかできたかもしれないのにね。

なんて、できたわけないけど。
もちろん、物理的には可能だけど、あのころの私は思いっきり意地っ張りだったので、精神科に行って鬱だと烙印を押されることが怖かったし、子どもや家族のことを考えたら休みたくても休めなかったのだ。
頑張って頑張って、ハリを失った肌に何重にも化粧して、戦闘服を着るようにスーツを着て、ヒールを履いて、マニキュアを塗って、張りぼてだけで仕事に行っていた。
誰も助けてくれない、わかってくれないと怒りながら、誰かに頼って助けてもらえなかったらと思うと絶望的で、夫にも言い出せなかった。
いま思うと、張り倒したくなるほどのバカだけど。
ほんとにね、たまたまラッキーになんとか乗り切ったからよかったものの、うっかり死んでたりしたら、家族やまわりに余計迷惑だって!

それでも私には、そんな暗闇の中で、小さな希望の灯りがいつも遠くにチロチロ見えていた。
錯覚かもしれないと思ってしまうほど頼りない灯りだったけれど、近づいて確かめたくて仕方なかった。
やっぱり行きつけないよ、と膝を抱えて座り込むたびに、誰かがそっと背中を押して勇気づけてくれた。
憧れた明るい光が降りそそぐ別世界は、ある日突然扉を開けたらその向こうに広がっていたわけではなく、少しずつ少しずつまわりが明るくなって、気がつけば夜が明けていたというように、私の生きる力となったのだ。

誰も助けてくれなかったのではなく、私は誰にも頼らずにここまで来たかったのだ。
意地っ張りで、バカな自分に拍手。

といっても、人に勧めることはもちろんしない。
私のようにしたらいいではなくて、あなたはあなたの選択で過去を積み重ね、いまの状況を生きているのだから、それを後悔して欲しくはないなと思うだけだ。
どうであれ、あなたは生きているよ。
よかったって、思ってほしいな。
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by linket | 2005-12-21 08:45 | ●鬱は自立の第一歩 | Trackback | Comments(2)
表題は、無印良品で見かけたキャッチコピー。
フランスに生まれなくてよかった!
もしもフランスに生まれたら、考えすぎなガキだった私は
「お手伝いをさぼった悪い子の私には、サンタさんはタマネギしかくれないんだ!」
と思い込んで恐怖におののき、たとえサンタさんが見逃して欲しかったテディベアのぬいぐるみをくれたとしても、『今年は大丈夫だったけれど、来年はうっかりバレてしまうのではないか?』と毎年小さな心を痛めたに違いない。

子供を脅すのはやめましょう!

私は胸を張れるほどの母親ではないが、子供に脅しを使わないことだけは気をつけてきた。
自分が子供のころに散々脅されて、怖い思いをしたからだ。
子供を脅す親は、自分の親に脅されたことがないのだろうか?
それとも自分が怖かったことを、忘れてしまったのだろうか?

この間耳鼻科に行ったら、本を片付けない子供に
「そんな悪い子は、先生がものすごく痛くするんだから!」
と脅しているお母さんがいて、苦しかった。
子供はあわてて片付けて
「先生、もう痛くしない?」
「うん、しないよ。」
一見落着のように思えるが、これでもし、治療が痛かったらどうするわけ!?
子どもは自分がしたことが報われなかったことに不信感を抱く。
自分がいい子でいても、悪いお医者さんが痛くするんだから、いい子でいる意味なんかない、と私なら思う。
ええ、なんたって考えすぎなガキでしたのでね。

効率優先の社会で暮らしていると、子どもの存在は非効率そのものでしかないので腹が立つこともままあるけれど、だからって子どもを効率的に育てようとするのは無理があるのだ。
脅して従わせるのは手っ取り早いかもしれないけれど、子どもを安心して育てる環境じゃない社会で、子どもを産み育てているのは大人の勝手なのだ。
こんな環境でも育っていってくれている子ども達に、もっと敬意を示してほしいと思う。

サンタさん、あなたが本当に愛ある人ならば、悪い子にもちゃんとプレゼントあげてくださいね。
お願いします。
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by linket | 2005-12-17 17:03 | ●頑張れ若造! | Trackback | Comments(2)

遠い昔の水没の記憶

きれいな水に沈んでゆく自分が、太陽の光にゆらめく水面を見ている、という記憶がある。
小さいころにプールか池に落ちたのだと思っていたのだが、家族に聞いたところ、そんな事実はないのだそうだ。
強いて言うなら赤ん坊のときに、母が沐浴中に居眠りをしたことがあったそうで、そうか、あの水面の記憶は、お風呂で落とされたときの強烈なショックとして脳裏に焼きついたのだろうと思っていた。

水と言えば、2000年にNHKスペシャルで放送された『地下大水脈に挑む』という番組が、ものすごく好きだった。
気持ちが乱れてとりとめがなくなってしまったときなどに見返すと、なぜか心が落ちつくので、永久保存版ビデオにしてある。

アメリカのフロリダあたりには、地下水脈が多い。
地下水脈というと、岩盤の間をチョロチョロ流れるというイメージだが、このあたりの地盤は石灰岩が多く、長い間の浸食でできた隙間を縫って、地下にとうとうと流れる川が広がっている。
地下水脈は枝分かれし、ときには行き止まり、ときには泉となって地表に表れたりしながらフロリダの海へ流れ込んでいる。
その広大な流れの全貌を調査しているダイバー達のドキュメンタリーなのだ。
真っ暗闇の中、道なき道を行くダイバー達は、命がけでその調査に臨む。
新しい水脈を探し、地図を作るためだ。
単なる冒険というだけでなく、上流の水質汚染が下流にも影響を及ぼすという証拠を得るためにも、彼らの活動は重要な意味を持っている。

まあ、そんな道義はともかく、私はこの映像に魅了された。
澄んだ水の中には、ダイバー達の立てる音以外はなにも聞こえず、狭い土管の中のような水脈をゆっくりと進む。
ときたまその先に、ケイブと呼ばれる大きな洞窟が姿を現す。
鍾乳石が削られた神秘的なその空間は、ゆっくりと流れる水に満たされ、上も下もない神秘の世界だ。

そしてつい昨日のこと。
やはりNHKの地球ドラマチック『探検!マヤ文明の地下洞くつ』という番組で、マヤ文明の栄えたユカタン半島にも、同じような地下水脈が流れていることを知った。。
古代マヤ文明では、セノーテと呼ばれる泉を地下世界(神の世界)の入り口として大切にし、みつぎ物や、ときには生け贄をその泉に沈めたのだそうだ。

そうか!
もしも生まれ変わりがあるのなら、私はマヤ文明に生きていたことがあるんだ!
そしてきっと、この泉に、生け贄としてその身を奉げたのであろう。
それは小学校のころに秋吉台(鍾乳洞がある)に行ってみたかった私や、中学校のころにマヤ文明に傾倒した私にとって、やっとつながった記憶の糸だった。

静かな気持ちで、水に沈んでいく私は、決して苦しんではいなかった。
神の国に行けることを喜んでおり、美しい日の光のゆらめきは、生の世界への唯一の名残惜しさだったような気がする。
泉の底に肉体を沈めた私は、魂だけになって地下水脈をくだり、地下世界へ入っていったことだろう。

あなたは広い世界の中で、どこの国が好きですか?
わけもわからず気になりますか?
もしかしたら、あなたは遠い昔に、かの地に生きていたのかもしれませんね。
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by linket | 2005-12-15 12:57 | ●平熱スピリチュアル | Trackback(1) | Comments(7)

ようやく秋深し・・・

c0007384_13191486.jpg遅かった紅葉が、ようやくきれいな色になった。
育った地域にイチョウの樹はなかったので、未だにこの黄金色の立ち木の前では、あったことのない異星人に見惚れてしまったような気分になる。
昭和通沿いの小さな公園は、排気ガスもひどかろうに、こんな見事な姿を惜しげもなく披露してくれる。

ありがとう。

来年の春まで、忘れないでおくよ。

桜の季節もそうなんだけど、紅葉の季節になると、
あと何回、この季節にめぐり合うことができるだろう・・・とつい考えてしまう。

それは永遠ではなく、一万回という莫大な回数でもなく、本当にあと数十回なのだ。
たとえば私が120歳まで生きるとしても、あと80回。
平均的なことで言えば、あと40回程度というわずかさ。

そんなことがわかっていて、わかりきっていて、つい日々の生活を昨日から明日へつづく限りない退屈な繰り返しなんて思ってしまう。

そんなエンドレスな日常を切り裂くように、ドカンと桜が咲いて、ガツンとイチョウは色づく。
いつも同じ景色で、同じ空気で、同じ花が咲いているような場所だったら、きっとすぐに飽きてしまうんだろうな。

四季のある国に住んでいることが、私はうれしい。
さまざまな考えをする人がいることが、私には興味深い。
みんなそれぞれが異なっていることを、ゴックンと飲み込めるような自分でいたい。
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by linket | 2005-12-13 13:22 | ●メメントモリ(死に支度) | Trackback | Comments(0)

今日は父の命日

17歳の12月5日は、日曜日だった。
まだ学校が週休二日制ではなく、その日曜日をはさんで、金・土・月・火が高校の期末テストだった。
家から高校が遠いため下宿生活をしてした私は、普通なら週末は家に帰るのだが、その週末はテスト勉強のために下宿に残っていた。
携帯電話などない時代。
部屋にいた私に、下宿屋のおばあさんが、お兄さんから電話がきているよ、と呼びにきた。
電話に出ると、「お父さんが危ないから、早く帰ってこい」と兄。
急いで家に帰る仕度をしている間に、もう一度兄から電話がきて、父が死んだことを知らされた。

54歳違いの父は、71歳だった。
ものごころついたときから、父は体の弱いおじいさんで入退院を繰り返してたから、父が死んだのは仕方のないことだと思っていた。
あれから20年以上が経って、ああ、父は早世だったのだと思い知る。

今日が命日。
でも墓参りはしない。
だってお墓になんか、父はいない気がするし。
父が生きていたことの名残を、御影石に置き換えないと忘れてしまう人だけが墓参りにいけばいいのだ。
私はいつだって父のことを思い出し、父のために祈って、父に助けられているような気でいるから、わざわざ墓参りに行って、
「お父さん、会いにきましたよ」
なんて、そらぞらしくて言う気にならないから。
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by linket | 2005-12-05 08:08 | ●メメントモリ(死に支度) | Trackback | Comments(0)

この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため


by hami