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Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

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c0007384_2182424.jpgしばらく元気がなくて、着物を着るどころじゃなかったのだが、今日は気分もいいし、ちょっとまた着てみようかな、と朝、思い立つ。
でもね、やっぱり母からもらった着物は重い。
浴衣なら風呂掃除できるけど、これ着て風呂掃除する気にならないわ。
あったかいんだけどね、動きにくいし、やっぱり袷の絹物は、日常着にはちとしんどいなぁ。

で、思いついたのがウールのアンサンブル。
いったいなぜこれが我が家にあるのか謎なのだが、多分、長姉が送ってきたものだろう。
緑地にオレンジと黄色が織り込まれた銘仙ぽい柄。
ウールなら単だし、ちょっと派手だけど、まあいいか。

補正もそこそこに着込んでみると、おーーー、軽いね。
これならお風呂掃除も布団あげもできちゃうね。
だけど、どうしても衿元が浮いてしまって落ち着かない。
やっぱり補正をちゃんとしないとダメねーーーー。
乳がげっそり垂れているから、どうしてもここのボリュームが足りないんだよねーーーー。
と鏡に向かってなげくことしきり。。。
ふと、昨夜見ていたドラマ(女の一代記)の宮沢りえちゃんの着物姿を思い出して、プラスチックの衿芯を襦袢から抜いてみた。

あらーーーーー、衿が浮かないじゃない!
そして、心配したほど、衿元もグズグズにならないじゃない。
ウールならこの程度のよれ感が日常着っぽくて、ちょうどよいじゃない!
プラスチックの芯は浮いてしまうというのは本で読んだことあるけど、『衿元は着付けの要』って言葉に脅されて、芯なしで着たことなかったよ。
これなら楽に着られるし、補正の必要ないし、花丸だね!
そういえば、着物を日常的に着ていたばーさんの衿元は、こんな程度だったけど、別にだらしなくはなかったことなど、今更に思い出す。

この間、友人が電話してきて、中学生の娘さんが着物を着たいって言ってるんだけど、いつか着せてもらっていいかな、と言う。
「もちろん、もちろん!」
「着物って紐でグルグル巻きにされて、苦しいのに、なんで着たいなんて言うんだろうね。」
と、アンチ着物派な友人。
そうなんだよね。
私たちの年代は、着物にふれるのは七五三とか、成人式とか、結婚式とか、フォーマルな場で着付師さんに着付けてもらうってことがほとんど。
そして着慣れていない人間に、着崩れないように着せつけるためには、『紐でグルグル巻きに』するのが一番てっとり早いのだ。
そんな風にして着物は窮屈で苦しいものであるとインプットされた私たちは、どんどん着物から遠ざかっていったってわけ。

日常着の気楽な着物を取り戻そう! おーーーーっ!!!!
というわけで、これから着物で郵便局に行ってきます。
おっと、衿元のグズつきを、変に着物にうるさいおばさまにチェックされたくないから、ストールを巻いてごまかしちゃおっと。
by linket | 2005-11-25 13:39 | ●平成お着物デカダンス | Trackback | Comments(2)
若者と未来トラバさせていただいたのは、田口ランディ様の『不眠に悩むコヨーテ』

c0007384_12431626.jpgランディさんが少年犯罪の数は横ばい、と書いているのを見て思い出したことがある。
私が高校生のときに、同じ電車でよく見かけた高校生カップルが、別れ話がもつれて男の子が女の子を絞殺してしまったという事件だ。
高校は違ったけど、田舎のローカル電車の中では派手な二人だったので、名前も顔もよく知っていた。
それから殺人ではないけれど、同じ高校の下級生が、40歳くらいのおじさんと排気ガスで心中してしまったという事件もあった。
そうだよ、四半世紀前だって、そんなことが身近に起きていたのだ。

もっともそれは身近で起きていたとはいえ、一部の遠い世界の人が起こした特別な事件で、自分たちにつながるなんて思ってもみなかった気がする。
暗いところや親に言えないところがあったって、自分にはそれを凌駕するほどの明るい未来があったような気がしていたのだ。
ティーンエイジャーの母となった今、テレビや新聞で少年犯罪の記事を見るたびに私は不安になる。
いつか我が子も、被害者や加害者になってしまうのではないか?
子どもを信用していないわけではない。
マスコミは簡単に『心の闇』がなんであるのか? どうやって形成させたのかを確定したがるけれど、そんなわかりやすい図式でものごとは起こっているんじゃない。
複雑な環境で愛を知らずに育った青少年がみんなねじれて人を憎むようになるわけではないし、大事に愛し育てていれば、犯罪に巻き込まれないわけでもない。
だから不安になるのだ。
マニュアル通りにやることが正しいことだと教え込まれて、マニュアルで回す社会で生きてきて、経済活動はマニュアルに頼ればなんとかなってきたけれど、人を一人育てるということに、マニュアルなんかないのだ。
ないはずなのに、マスコミやテレビや声のでかい著名人が『あれがいい』『これがいい』『これはダメだ』『こうするべきだ』と声高にいうから、混乱して、果たして自分の子育てはこれでいいのか不安で不安で仕方がない。

でもさ、ランディさんの言うとおりだよね。
イライラに感染してはいけないね。
うっかりなにかのひずみで我が子が試練に巻き込まれることが絶対ないとは言い切れない。
言い切れないけれど、子ども達は今日ものんきでおおらかに笑っている。
私も一緒に笑おう。
一抹の不安は消えなくても、不安のスパイラルに陥ることをやめて、今できることに心を尽くそう。
そしてなにより、子ども達の未来を信じていよう。
不安定な子ども達のまるごとを受け止めて、

「大丈夫、いろいろあったって、君たちはもっと育っていけるよ。
未来はいつだって、信じるに値するものなんだ。」

って力強く言ってあげよう。
そうすることが、私の不安を自信に変えてゆく力にもなるだろうから。
by linket | 2005-11-14 12:45 | ●頑張れ若造! | Trackback | Comments(0)
c0007384_1264097.jpgごく淡いブルーグレイの木綿に、アイスブルーの糸で雪の結晶を刺繍してみた。
友達に見せたら、「少し光ったらきれい」といわれたけれど(フォーマルならそれも素敵ね)、普段着用の木綿半襟なので、控えめにしたのさ!


c0007384_1251893.jpg母からもらった紅葉の着物にあわせてみました。
初冬の趣でしょ?

母がこれを着ていた記憶が私にはないので、若妻のときのものかしらん?
紅葉柄で、銀糸が少し入ってるけれど、織りにキズがあったりするし、裏は木綿なのでそれほど高級ではないのかも。
おそらく目上の方の訪問などの際に使用したと思われる藤色の絹物。

母が着物を着るのを見ているのが好きだったなぁ。
普段は化粧もしないし、野良着みたいなのばっかりで、めったにスカートも履かない母が、紅を引き、きりりと着物をまとったときの美しさは、着物好きに育った私の根幹にある思い出だ。

洋服のセンスはそれほどでもないのに、着物を選ぶセンスは抜群だった母。
この着物も、私が羽織って見せたら娘が
「着物だけ見たときはそれほどでもなかったけど、着るといいね。」
と言ってくれた。
母似の私に映える色なのだ。
ところどころシミがあったりするから、普段着にしようと思う。
私の手持ちの襦袢とは裄が合わないので、オークションで買った(そして大失敗だった)人絹の襦袢をうそつき襦袢にリメイクしてみた。
帯は祖母の名古屋帯を『七緒』に載っていた切らずに作る作り帯にして締めようかな・・・。
と小さな野望は膨らむのであった。

母に母の着物を着ているのを見せたい気持ちはあるけれど、きっと母は
「普段から着物を着ているなんて、のんきで優雅なお主婦様だこと!」
なんて嫌味のひとつも言いそうなので、内緒にしておく。
でも、お母さん、あなたの着物、こっそりだけど大事に着ますからね。
by linket | 2005-11-11 12:17 | ●平成お着物デカダンス | Trackback | Comments(2)
c0007384_1122986.jpg昨日は夫の仕事を手伝っていたら、深夜01:00になっていた。
ようやく寝たら、01:20に夫の携帯の着メロがバカでか音量で鳴って目が覚めた。
うるさいよーーーー(×。×)
で、眠れなくなったので、いつもはビデオに撮っている『ガラスの仮面』(テレビ東京系火曜深夜01:30から02:00)のアニメをリアルタイムで見る。
ガラスの仮面は、すでに30年近く『花とゆめ』で連載されている美内すずえ原作の演劇スポコン長編漫画。
もっとも単行本は42巻まで出ているが、連載のほうはしばらくお休みが続いていて、こんなに長丁場になると、不運にも結末知らずに亡くなられた方もきっといるだろうな、とか余分な心配が募る。
中学校の演劇クラブ時代から固唾を呑んで漫画を読みふけっていた私としては、この命が尽きないうちに、完結してほしいものだと祈る毎日なのであった。

アニメが終わってすぐ、02:00に就寝。
今朝は05:00に起きて、夫を送り出す。
小一時間寝たら、「ピッピッピ!ご飯が炊けたよ~」の電子音が聞こえ、起きだして子供たちの弁当を作り、送り出して、家事をしながら手伝い仕事の残りをして、09:00に家を出る。
さすがに眠くて、電車の中で爆睡(たぶん、口が開いていたよ)。

元気になったなぁ!(コエンザイムQ10のおかげかもだけど・・・)
鬱気味だったときは、朝起きられず、昼起きられず、夜起きていられず、とにかく寝てばかりいた。
それでも今より一生懸命がんばっていたのだけど、全然体と心が言うことをきかなかった。
外側から見ている人は、今の私を「がんばって偉いね」と言い、鬱気味だったころの私のことは「もっとがんばらなくちゃダメじゃない」と言った。
人からダメって言われるのは辛いから、もっともっとがんばったけど、ほんとになんにもできなかったなぁ。

もしもこれ読んでいるあなたが、鬱っぽくて今までできたことがなんにもできなくて落ち込んでいても、あなたは自分にできる精一杯を生きているよ。
だから無理をしないで。
ぶっ壊すと立ち直るのに時間がかかるから、大事に、大事にしてください。
他人と比べたり、過去の元気な自分と比べたりして落ち込むことはないよ。
あなたはいつだってできる限りのことをしてきた。
そんなあなただから、疲れちゃったんでしょう?
きっと元気になれるから、いまの自分も自分なんだって思ってあげてくださいね。
by linket | 2005-11-09 12:54 | ●鬱は自立の第一歩 | Trackback | Comments(4)
c0007384_10502487.jpg近所のSEIYUで靴下をみてたら、20代後半くらいの女子が近づいてきて、
「すいません・・・あのレジに置いてあるバッグ・・・」
と切り出す。
あ、あの私、店員じゃないんですけど?
「お通夜に持って行ってもいいでしょうか?」
あー、そういうことね。
最近、合理化のあおりか、店員少ないよね、SEIYU。
レジ係はバイトの若い兄ちゃんだし、きっと一応彼に聞いたら
「どうなんですかね?」
とか言われてしまったのだろう。
お姉さん、声掛けたのが私でラッキーだったね。
こう見えて、私、葬式参列回数じゃ、同年代の平均を軽く上回っている達人(?)なのよ。
どれどれ・・・。
レジの上に乗っているのはシンプルな黒の小さめトートバッグ風。
「大丈夫。ほんとはもう少しツヤがない方がいいのかもしれないけど、ピカピカしてないし、これなら普段にも使えるからいいんじゃない?」
「よかった。」
「平気、平気、結構みんないいかげんだから!」
太鼓判だね!!

きっと通夜に参列するのなんて初めてなんだろうな。
マナー本を見ればあれこれ小うるさいことが書いてあってうんざりだし、さりとて恥はかきたくないし。
初心者ほど、隙のないガチガチな格好をしがち。
私もそうだったけど、実際参列してみると、みんないいかげんなので、脱力だよ。

バッグや靴はピカピカもキラキラもあり(派手なのは慎もうね)だし、ファーやクロコダイル(殺生したものを身につけてはダメよ)も一人や二人はいるし、なんだよ、こんなんでOKなわけ?
まあ、みんな自分が場慣れしてないところにいることだけでいっぱいいっぱいで、他人のことなんかそんなにみてないから、そんなに緊張するほどのこともなかったのよね。

ほんとはマナーより、心で参列したいものです。
私は、魂の存在はあるような気がするので、肉体が滅びることに関して、絶望感というものがない。
父を17歳のときに亡くしたけれど、父の思い出の一切合切や、父の存在感が失われたわけではないことの実感があるので、余計にそう思うのかもしれない。
大切な人は、たとえ形がなくなっても、大切な人のままです。
別に父の霊と交信したりしたわけではないのに、やっぱりいまでも父の存在というものが私の身近にはあって、私の考えの幅を広げてくれたりしているわけです。

人が死ぬことは仕方のないことで、今の科学では永遠に生きることを実現した人はいないよね。
病気や事故や、本当に若くして亡くなってしまった人の話を聞くと心が痛むし、もしもそれが自分の夫や子どもや友人だったりしたらどんなに辛いだろうと思うけれど、だからって、人の死に絶望を重ねることはなかったんだよね。
だって私は今を生きていて、愛する人と関わっていて、それはいつか終わりのくることだけれど、つづいていくことだから。
死というできごとを深刻に考えすぎると、今に心を尽くすことを見逃してしまう。
ああ、うまく言えないな。
このつづきまたいつか。。。。
by linket | 2005-11-06 11:44 | ●メメントモリ(死に支度) | Trackback | Comments(2)

この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため


by hami