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Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

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<自殺者>7割が誰にも相談せず 厚労省研究班調査
以前鬱気味だったことはすでに何回か書いた(カテゴリ●鬱ネタ参照)。
私も自殺願望が強かったときがあるが、慎重に厳選した友人にしか相談はできなかった(今思えば相談できる人がいたことはとても有り難いことだったと思うが)。
自殺したいと思うときは生きてるのが辛いので、死ぬ方が救いになる気がするものだ。
それは「死ぬのは怖いこと」という一般的な感覚と異なる。

うっかり誰かに「死にたい」と言ったらどうなるか?

「どうしてそんなこと思うの!」
(どうしてって私が知りたいよ・・・)

「世の中には生きたいのにしななきゃならない人がいるのに、死にたいなんてふざけたことを言うな!」
(「生きたい」のに死ななきゃならないのは同情されるべき高尚なことで、「死にたい」のに生きなきゃならないのはそんなにふざけたことなのだろうか?)

「頑張って生きなきゃだめだよ。」
(今まで頑張って頑張って生きてきて、これ以上、どう頑張ったらいいんだろう?)

生きることをあきらめたくなるのは、自分がどこにも居場所がなく、どんなに頑張って生きても受け入れてもらえる可能性がありそうにないと絶望するからだ。
そんなときに、自分の死にたい気持ちを全面否定されて「生きろ!」と言われるのは、絶望の淵から突き落とされるようなものなのだ。

だから誰にも相談しない。
本当は誰かにわかってほしい。
共感してほしい。
死ぬよりも、生きている方が楽しいよ(そう、正しいか悪いかではなく、楽しい)と、わからせてほしい。
甘い、といわれても仕方がないが、否定する前に、じゃあどうしたらあなたのように嫌なことや辛いことが多いこの世界で、なんとか生きていけるのか教えてほしい。

私は、今は生きていける。
生きているのはまんざらじゃないと思う。
死にたい人の気持ちもわかるけど、やっぱりなんとか気持ちをシフトして、生きていってほしいと思う。
きっとあなたを助けてくれる人はいる。
もし万が一、誰にも助けてもらえないとしても、自分だけは自分を救える。
救われたいなら、生きなければダメだ。
死に急いでも解決にはならない。

人は幸せになりたくて生まれてきたんだと思う。
誰かの言う通りに生きるためでも、誰かの作った枠に無理矢理自分をはめ込むためでもなく、誰かに幸せにしてもらうためでもなく。
自分の幸せは自分で築こう!
もしもいままでのやり方が死にたいほどに行き詰まってしまったなら、選び直せばいい。
死んでリセットしなくても、あなたは人生を選び直せる。
選び直した私が言うんだから、だまされたと思って信じてみて。
簡単じゃないかもしれないけれど、あなたはあなたをきっと幸せにできるから。
by linket | 2005-08-29 11:26 | ●鬱は自立の第一歩 | Trackback(3) | Comments(7)
c0007384_1261630.jpg夕食後、くつろいでいた娘がミャーミャーと猫もどきの声で鳴き出した。
多分無意識なのだが、娘がこんな声を出すときは疲れているときだ。
よしよし、と頭をなでてやる。
「ミャーーー」と目を細くして鳴く娘。
ひどく疲れているときは、この時点でポロポロと涙がこぼれる。
今日はそれほどではないのだろう。
気を取り直したのか、「お風呂入る」と立ち上がっていった。

文化祭を一週間後に控え、今日も朝早くから一日学校に詰めていたのだ。
夏休みとはいえ、受験の準備やオープンキャンパス、ボランティアや合宿など、ほとんど休みのない一ヶ月だった。
私としては、『たかが文化祭でそんなに根を詰めなくても…』と言ってしまいたいところだが、これも青春。
まあ体調を崩さない程度に頑張っておくれ。

泣くことがストレス発散になるというのは女子の間でよく言われることだが、科学的にも実証されていることらしい。
だから私は子どもが泣いても「泣いちゃだめ!」と言ったことがない。
ただ、人前で泣くとろくなことにならないから(誤解されたり、困られたり、叱咤激励されたり、妙に気を遣われたり)、できるだけ泣かない方がいいよ、とアドバイスはしておいたが。

そうなのだ!
私は泣きたいだけなのだ!
訳もなく、ただ泣きたいだけなのだ!

ひとしきり泣いたら気が済んで、「さあ、明日もがんばろっ!」って気になるのだ。
だから黙って泣かせておくれ!
とはいえ、この人口密集の都会で、どこで安心して泣いたらいいのだろうか?

バリバリ働いてストレスの固まりだったころ、私はよくタクシーで泣いた。
一人で移動の際に乗り込んだタクシーで、行き場を告げたその直後にこう言うのだ。
「運転者さん、ごめんなさい、泣いてもいいですか?」
許可が下りようが下りまいが、もう泣いている。
まったく迷惑極まりない客である。

  ♪タクシードライバー 苦労人と見えて〜
   私の泣き顔見て見ぬふり〜♪

というのは中島みゆきの歌の歌詞だが、確かにタクシードライバーは、情にもろい人が多いようで、黙って泣かせてくれる。
たまに、「どうしたの?」なんて同情されることもあるが、
「彼に女がいたんです!」
とかなんとか、作り話をしてまた泣く。
で、しばらく泣くと気が済むので、
「すいません、化粧なおさせてください。
お話聞いていただいて、少し気が楽になりました。
ありがとうございました。
泣いちゃって、ごめんなさい。」
と言って、化粧を直し、料金を払って次の仕事に向かった。
迷惑をかけたタクシードライバーの皆さん、本当にごめんなさい&ありがとう。
幾多の心あるタクシードライバーさんのおかげで、私、今元気にこうして生きております。
一人でトイレで泣いたりするとグルグルとマイナス思考に陥ってしまうから、「生きてればいいこともあるよ」なんていう言葉が(それが行きずりのあなたがくれた言葉だからこそなおさら)、どんなに励みになったかしれません。

まあそんなわけで、女子が泣いても動揺することはありません。
黙って泣かしておけばいいのです。
間違っても、
「女は泣きゃあ済むと思って、きったねえよな!」
とか言わないように! 無駄な争いを生むだけですからね。
by linket | 2005-08-28 12:06 | ●無駄人間になってやる | Trackback | Comments(2)
by linket | 2005-08-24 17:25 | ●平熱スピリチュアル | Trackback | Comments(0)
江原啓之さんを知っているだろうか?
彼は、イギリスで公式な資格を取得したスピリチュアルカウンセラーだ。
おととい、彼が出演する『天国からの手紙』というテレビ番組を見た。
年に何回か特番として組まれるこの番組が、回を重ねるごとに、霊のこと、スピリチュアルな世界のことを『キワモノ』ではなく伝えてくれるように成長していることをとても嬉しく思う。

番組では、突然家族を亡くし、悲嘆にくれる家族が、なんとか亡くなった人の思いを知りたいと江原さんにコンタクトしてくる。

 残った両親の不和が心配で天国へ行けない娘。
 突然死んだことが信じられず、さまよう若者。
 どこにも行くところがないと公園でたたずんでいる少年。
 残された妻に、がんばりすぎるなと伝えたかった夫。

江原さんは人なつっこい笑顔でその人たちの霊と交信し、問題解決の糸口を見つけていく。
正直、見えないものを見、聞こえない声を聞く江原さんの行動は、スピリチュアルな世界があると信じている私にさえも、ときに芝居がかった胡散臭いものに見えることもある。
でも、家族にとっては、きっと画面の前で見ているだけの私達とは違う強烈なカタルシスのようなものがあるに違いない。
だって一緒に暮らしていたのだもの。
いいも悪いも含めてかかわって、濃密な人間関係を築いていたはずだもの。

霊能者というと、世の中にはキワモノ・ゲテモノ・インチキな人が多いが、私は江原さんは数少ない信用するに足る人だと思っている。
人が持っていない力があるということは、セーブすることも大変だし、見なくていいものまで見てしまう苦しみもあると思うが、彼は本当に真摯にその力に向かいあっている。
最初テレビに出てきたときは、そういうことを信用しない作り手によって、彼の良さが十分に伝えられないことに苛立ちを感じた。

「テレビなんか出ないほうがいいのに。誤解されるばっかりなのに」

でも江原さんは、いつでも誰にでも優しく一生懸命で、そういう姿が少しずつうたぐり深い人たちの心を緩めて、ファンにしてしまうんだろうなぁと思う。

でも同時に、自分にない力を持っている人間に対して過度の期待をし、ファンを通りこして盲目に信者となってしまう人がいることも危惧している。
彼がそれで天狗になってしまうことはないと思うが、依存している人間を自立させるのはとても難しいことだと思うのだ。

今回の番組の際、寄せられた相談の手紙は、1万通にもなったそうだ。
テレビで取り上げてもらえる人たちはほんの数組だ。
取り上げられなかった人たちが、
「江原さんが来てくれないから自分の問題が解決しない」
と思わないといいなと思う。

あなたには江原さんのような霊能力はないかもしれない。
でも、愛する人との強烈なつながりはあるのだ。
心を静かにして聞こうとすれば、きっと愛するもののメッセージがわかるはずだ。
それは耳に聞こえる声ではないかもしれない。
夢の中のできごとかもしれないし、思い過ごしのような偶然のできごとかもしれない。
でもそれが、愛する人のメッセージだと信用したらいいじゃないか。
その筋の権威が認定してくれなくたって、あなたは確かに愛する人の声を聞き、想いを知ることができるのだ。
だれも信じないようなできごとだとしても、あなたと愛する人の間にだけわかる特別な出来事だったと胸に大切に刻んでほしい。

愛は信じていいのだ。
信じられないというのなら、あなたはまだ本当の愛を知らないのだろう。
それを責めているんじゃない。
信用できる愛にめぐり合うまで、あきらめないでほしいだけだ。
そして本当の愛は決して誰かが(たとえば白馬の王子様が)、あなたの前に持ってきてくれるものではない。
あなたが怖れず、心を開いて人生を生きるとき、あなたの中から無尽蔵にあふれ出してくるもの・・・それこそが愛の源泉なのだから。
by linket | 2005-08-11 13:08 | ●平熱スピリチュアル | Trackback | Comments(0)
夕べは近所の七夕まつり。
夕方、息子の友達二人が「浴衣の着方を教えてください!」とやってきた。
男子の浴衣? 着せたことがないぞ。まあ、いいか。
と早速ネットで『浴衣の着方 男』で検索。
なんだ、おはしょりないし、角帯をグルグル巻いて、貝の口(帯結びの種類)っぽく結べばいいのね。
早速浴衣をはおる少年たち。
「ちょっと、ちょっと、袷が逆だよ!」
「えっ!? 男子はこっちなんじゃないんですか?」
「着物は男も女も一緒だから!」
「え〜? この間知り合いに着せてもらったとき、これで着ちゃいましたよ。」
「それじゃ、死人だって!」
「これで、帯を・・・」
「ちょっとちょっと、一回腰紐で結わえるんだよ。」
「紐? ないからいいっすよ。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! ピンクだけど、家にあるから。」
「なんかちゃんと着れてない気がするんスけど。」
「着物の中心がものすごーーく、ズレてるよ。背中の線を真ん中にして・・・」
「帯、何回巻けばいいんですか?」
「ネットには2〜3回って書いてあるけど、君たち細いから・・・・あらあら、4回回っちゃったよ!」
「どうやって結べばいいんですか?」
「てきとーー! それっぽくて、ほどけなければOKさ!」
と、ドタバタしながらも着付け終了!
本当は少しタオルを巻いたり、丈を調節したりしたら格好良くなるんだろうけど、そんなの窮屈だろうし、どうせすぐに着崩れてしまうだろうから、まあいいや。
とにかくまずは、浴衣を着てお祭り! を存分に楽しんでおくれ。

ついでについてきていた少年Aの彼女も
「なんか帯がゆるんじゃって・・・」
と言うので、直してあげつつ、少年Aに
「ぜってえ、脱がせるなよ! 自分で着れないから。」
と牽制しておく。

今年は浴衣を着ている若者が多かったね。
着物好きとしては、嬉しいやら、ハラハラするやら。
「あっ、袷が逆」
「作り帯の結わえ紐が帯の上に乗ってるよ、気になるよ。」
「ああああああ、足が丸見えになるほど着崩れてるよ!」
「おいおい、浴衣でつり革につかまっちゃダメよ〜〜」
でもね、それでいいと思うの。
浴衣や着物を着こなすには、やっぱりそれなりに着慣れることが必要だから、失敗なんか怖れずに、どんどん着てほしいなあ。

最近着物に興味が湧いて、いろいろ本を読んだりしていたら、そうか、着物にだって普段着があるんだ!ということに気づいた私。
着物というと、どうしても結婚式やパーティーなんかに着られる訪問着や付下げなどのフォーマルなものを意識してしまっていたし、実際持っているのもそういう着物だけだった。
フォーマル着物は約束事も多いし、汚したらクリーニング代高いし(1回5,000円くらい)、お茶でも習わない限り着る機会もないので、どうしても箪笥の肥やしになりがち。
かといって、最近若者にはやりのアンティーク着物を柄on柄で着るのは、もう年齢的に恥ずかしいし、、、と思っていたら、フォーマル着物以下、浴衣以上というジャンルがちゃんとあるんですね。
そうだ、私も若者を見習って怖れずに、どんどん着物を着よう!
普段着なら自分の着たいものを(良識の範囲で)着ていいに決まっているもの。
というわけで、着物を着るにふさわしい秋に向け、野望がどんどんふくらむ私。
随時ご報告して行こうと思いますので、お楽しみに!
by linket | 2005-08-08 08:51 | ●平成お着物デカダンス | Trackback | Comments(0)

新しい風

昨日の夜、寝る前になんだか急になにかが終わってしまったことを思い知った。
なにが?と言われると困るんだけど、嬉しいような寂しいような、いままでと違う展開がやってくることの確実さに、なんだか意味もなく泣けてきて、バカみたいに泣けてきて、蒸し暑い夜はそんな自分がバカバカしく思えるのにますます泣けてきて、そんな気持ちを義姉にメールしたら、こんなメールが返ってきた。

c0007384_912082.jpg
■終わったけど
 新しいなにかもじきにくるよね。
 ワクワクすることかもしれないし、
 辛く悲しいことかもしれないけれど、
 私たちには理解者がいるじゃない。
 それが一番救われるよ。
 いいのか悪いのか、
 悩んでばかりだけれどね。


ああ、本当に!
こんなとき、あなたとめぐり合えたことに心から感謝するの。
私の生まれ育った家に遠くから嫁いできたあなたが、あの家で初めて私を受け入れてくれた。
嬉しかったなぁ!
この一年くらい私がやってきたことは、果たしてあなたのためになるんだろうか?と悩むことも多かったけれど、いろいろなことを乗り越える中で、二人の間に育った信頼はもう揺らがない。

表面的にどんな結果になろうとも、愛するものが本当の意味で離れてしまうことはないのだね。
愛するものの敵を私が代わりにブッ潰すことよりも、愛するものが自分で敵と戦えるように味方になることのほうが大切なんだね。
そして本当は大きな意味で敵など存在しなくて、ただ愛するものとより理解を深めていくことが、人生の豊かさを運んでくるのだね。

新しい風が吹いてきた。
私は顔を上げて、これからも生きていく。
みんな、ありがとう!
by linket | 2005-08-04 14:38 | ●無駄人間になってやる | Trackback | Comments(0)

お家に帰ろう!

c0007384_1754481.jpg我が家は結婚19年、未だ賃貸生活を続けている。
というか、家を買うつもりはないんだけどね。
引っ越しが趣味みたいなものだから、家買っちゃうと、なんか首輪つけられたみたいで落ち着かない。
根っからの猫派な私の前世は、ジプシーか遊牧民なのかもしれないわ。

結婚してからだけでも、6回の引っ越しをしているので、平均3年くらいしか定住していないことになる。
引っ越しが決まるときは、まあこんな感じだ。
何年か住んでいると、あるとき急に引っ越したくなる。
住んでいる家に似つかわしくない花瓶を買ってしまったとか、そんな些細なことがきっかけと言えばきっかけだ。
あるいは大家さんの都合で引っ越さざるを得なくなる。
するとまるで手招きをするように、新しい物件が私の目の前に現れる。
引っ越しの日は、すっかり私に馴染んだ家を明け渡すのが名残惜しくて、ワンワン泣いたりする。
そのくせ、新しい家に引っ越すと、私はその新しさにさっそく馴染もうとしてワクワクしてしまうのだ。
さすがに子どもが大きくなるにつれ荷物は増えるし、自分の体力はなくなるし、次の引っ越しはまだ考えていないけどね。

昨日、知り合いの少年が家に遊びに来た。
頼まれて撮っておいたビデオをみて、少ししゃべっていたら、途中でいきなりクウクウ寝てしまいやがんの(-。_)。。o〇
大人や社会に敵意をむき出しにする彼が、無防備に他人の家で寝ている。
まったく、泣けてくるじゃないか!!
本当なら、ずっとここにおいてあげたいくらいなんだ。
でも君には君が歩かなくてはならない人生があるから、目が覚めたら私は君を見送らなくてはならない。
またいつ寝に来てもいいから、自分がダメな人間だなんて思わないで。

願わくは、どの人の家も帰りたい家でありますように。
安心して無防備に寝てしまえる家でありますように。

今の社会は絶対に失敗しないように、常に役に立つ人間であるようにと無理難題を押しつけてくるから、せめて家ぐらい、安心できる場所であってほしい。
ささやかな、本気の願い。
by linket | 2005-08-03 13:43 | ●頑張れ若造! | Trackback | Comments(2)

この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため


by hami