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Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

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シカゴ地下道の壁のシミに聖母マリア現る? | Excite エキサイト
娘がカトリック系の幼稚園に通い始めてしばらくたったころ、
「マリア様の心、それは『パパイヤ♪』〜〜」
という歌を覚えて帰ってきたことがある。

カトリック系の幼稚園と言っても、我が家が特に宗教を持っていたわけではなく、宗教的信念を持って保育に当たられていたシスターや先生方にしたら、無礼極まりないことだったに違いないが・・・
制服がクラシックでお利口そうに見えるのにつられていった入園説明会で、園長のシスターからは、
「この園の特徴をひとことで言うとすれば『ゼンジン教育をめ・ざ・す』と言うことです。」
といきなりやわらかなお言葉のカウンターパンチを賜る。

えっ? ゼンジンって、どんな字? 漢字に変換できないんですけど!
だいたいシスターって、初めてこうして間近にみるけど、やっぱり同じ人間とは思えません。
ご立派過ぎます。
申し訳ございません! 場違いでございました!
気短で子どもを怒鳴ったりする私ごとき悪しき母親は、もともと足を踏み入れる資格などなかったのでございましょう。
それでは、皆様ごきげんよう!!

と速攻立ち去りたい勢いだったのに、一緒に説明会に行った仲良しのママが
「私ね、夢にシスターが出てきたの! これは運命なんだわ!」
と雷に打たれたように入園を決めてしまい、友達の少なかった私たち母子は、不安を抱えつつ彼女の英断に従ったのであった。

まあ、自由保育に近い保育方針は魅力的だったし、なにより、子どもたちに幼いころから人智を超えた神の存在に手を合わせる謙虚さを持って欲しいという気持ちもあった。
入園してみれば、担任はシスターではなく普通のお姉さん先生だったし、ママさんたちも信者の人はほとんどいなかったんだけどね。ホッ・・・・

朝、登園するとまずはマリア像にご挨拶。
「イエスさま、マリアさま、おはようございます。」
うきょーーー! かわいいぞ、我が子たち!
そしてこのときばかりは、悪しき母も一瞬ながら敬虔な気持ちになる。
「どうか今日一日、この子たちを見守ってくださいませ。」
朱に交われば赤くなる。
マリア様に祈れば、汚れた我が身もわずかながら清らかになるというもんである。
そして園生活にも慣れてきた5月に、母の日にちなんでマリア様をお祝いするマリア祭というのが行われる。
その時に歌う歌が、前述のマリア様の歌なのだ。

しかし、意味がわからない。
マリア様の心=パパイヤ?
どんな宗教的な寓話がそこに隠されているのか?

「ねぇ、それってどういう意味? 先生に聞いてきて。」
次の日、娘はちょっと恥ずかしそうにこう言った。
「あのね、パパイヤじゃなかった。」
「でしょ? で、本当はなんなの?」

「マリア様の心、それはササンワ♪」

ササンワ?
これは何かの宗教語なのかしら?
ゼンジンは『全人(知・情・意を調和してそなえている人のこと)』だってわかったけど、今度はササンワ? 漢字・・・ではないよね?

悩んだあげく、私はもう一度娘に確認をお願いする。
そして次の日、ついに真相が明らかになった。

「マリア様の心、それはサファイヤ♪」

マリア様、やはりあなた様には『パパイヤ』よりも『サファイヤ』が似合います。
ですから、私めはマリア様には下水道の壁よりも、空気のよろしい緑に囲まれた公園の壁などの方がお似合いになるのではないかと思うのですが、そこはやはり愛にあふれたマリア様のこと、人のいやがるところにこそ、愛の光を灯そうということなのでございましょうか?

【2005.5.8追記】
下水道の壁のマリア様が塗りつぶされてしまうとのこと。
どうか今度はもっとマリア様にふさわしい場所に出現なさいますように。
by linket | 2005-04-23 10:00 | ●楽しい我が家 | Trackback | Comments(0)

墓なんかいらないよ

私は今年で40歳。
平均寿命の半分で自分の死や葬送、墓のことを考えるのは早すぎるのかもしれないけれど、いつ訪れるかわからない自分の死に際して、それを商業化されたるのは嫌だ! という思いが強い。
とにかく私は慎ましく生きてきたのだ。
自分に必要なものさえ手に入ればそれでいい。
墓はいらないんだよ。
高いし、狭いし、環境によくないし、なにより美しくないし。

昨年父の二十三回忌で兄弟が集まった際、姉に「私は墓は作らないつもりなんだ」と初めて話題にしてみたのだが、「そんなことできるわけないじゃない!」と一蹴された。
田舎で育ち、同じ町内に嫁に行った姉には、墓に入る以外の選択があることなど考えもしていないのだろう。
私も姉と同じ立場だったら、近所の知り合いがたくさん眠る共同墓地に自分が埋葬されることになんの疑いも持たなかっただろうが、私は仕事先で知り合った夫(次男)と結婚し、埼玉県の公団に住まう身だ。
この地に深い思い出があるわけではなく、さりとてどこかに憧れの地があるわけでもなく、たまたまここで子どもを生み育て、子ども達はやがてここから巣立っていく。
たとえば子ども達が遠い場所で暮らすようになったときに、私の墓を思い出すよりも、私と生きて関わった思い出そのものを思い出して欲しい。
いや、「思い出して欲しい」というか嫌でも「思い出してしまう」くらい、生きているうちに深く関わってやろうと思うのだ。

私は17歳で父を亡くしたが、22年以上経った今でも、父のことを思い出さない日はない。
まあ、忘れるに忘れられないインパクトのある人だったわけだが、年に一度行くか行かないかの墓参りよりも、私にとっては自分の生活のリズムの中に息づいている父を思い出すひとときの方が、はるかに『供養』と呼ぶにふさわしい行為として根付いている。

父を思い出すとき、私は自分の右上あたりに父の気配を感じる。
それは勝手に私が作り上げた想像の産物かもしれないが、こうして父を思い出しながらこれを書いている今も、やわらかな父の笑顔をエネルギー化したようなあたたかさが私に降りそそいでいる。

私が死んだ後、私と生きて関わった人たちもこんなふうに私を思い出してくれるといいな。
バカバカしいほど高い墓石や、信じてもいない宗教の決まり事なんかに縛られて義務的に思い出してもらっても、全然嬉しくないんだよね。
だからさ、なんどもいうけど墓石はいらないよ。
by linket | 2005-04-16 16:21 | ●メメントモリ(死に支度) | Trackback | Comments(6)
NY村上隆によるサブカル展、現地の反応は? | Excite エキサイト
二年前、ドイツからティーンエイジのお嬢さんが我が家にホームステイにやってきた。
短い日程の中、日本文化にたっぷり浸っていただくために、振り袖着せて写真を撮ろうとか、柔道の練習を見に行こうとか、日光(京都は遠いから)に行こうとかの計画を立てるも、一応彼女の希望を聞くと、一冊のドイツ語雑誌を取り出し、
「こういうカッコをした人を写真に撮りたい!」
とドイツ語混じりの英語で言う。
Cawaiiというその雑誌には、コスプレとかゴスロリの写真が・・・。
これが、我が国が世界のティーンエイジジャーに誇る文化だったのか!?
シラナンダ(×_×)

仕方なく、ネットや口コミを使ってリサーチ。
フムフム、コスプレはアキバ系で、ゴスロリは原宿系ね。
というわけで、土曜日の原宿におでかけ。
ほんとは原宿嫌いなんだよね。
人が多くて疲れるから(限りなくひきこもり系)。

後で知ったが、土曜日よりも日曜日の方がゴスロリさんが多いらしい。
それでもようやく目の端に入ったゴスロリ姉さんを見るやいなや、彼女は私の腕を掴み
「彼女に写真を撮らせてくれと言ってくれ!」らしき英語を叫んでしきりにせがむ。

困ったなあ。
同じ日本人でも、ああいう人とは接点持ったことないんだよね。
マイワールド展開中のああいう連中と、コミュニケーションなんかとれるのかよ!
と思いつつも、彼女の必死さに負けて、おそるおそる声を掛けてみる。
「す、すいません。。。。写真撮らせて頂けませんか? ドイツからきたこの子がどーしても写真を撮りたいっていうもので!」
「あっ、いいっスよ。どうぞ。」
とにっこり笑うゴスロリ姉さん。

しゃべったよ、笑ったよ、話が通じたよ!
友達呼んで、ポーズまで取ってくれてるよ!
いままで別世界の人だと思い込んでて悪かったよ!
ありがとう!
今度からは同じ日本人だと認識するよ!

「So cute!!!!!!!!!!!!!!」
と、喜びまくってシャッターを押す、ドイツ人の彼女。
い、いや・・・キュートなの? どうみても30歳はいってそうな姉さんだよ。
思ったよりフレンドリーだったけど、キュートというよりは、おぞましいんですが・・・・
これが誇るべき日本の文化って言われても、なんか複雑なんですけど。

それから彼女は大好きなヘビメタロック歌手と一緒に撮ったつもりになれるプリクラを撮り、その歌手がよく訪れるという洋服屋で
「ああ、彼がここに来たことがあるって思うだけで、もう爆裂感激しちゃった!」
らしきことを叫び、原宿のBook Offでその歌手のCDを買いまくった。
その歌詞が読みたいばっかりに、日本語も勉強中とのことで、「死」とか「苦しい」とか「殺す」とかの単語をよく知っていた。

おみやげに、Hideの人形と「京」の親衛隊リストバンドと、ゴスロリ雑誌と、漫画の『りぼん』を買い、彼女は満足そうに帰国した。
今年の秋、今度は友達と連れだって、また我が家にやってくるそうである。
行きたいところは『原宿のBook Off』。

なにはともあれこうやって世界の文化は融合し、敵も味方もなくなるのなら、それはそれでよしかもしれないと思う。
やっぱりちょっと複雑だけど。
by linket | 2005-04-15 08:38 | ●頑張れ若造! | Trackback(1) | Comments(0)

この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため


by hami