Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

カテゴリ:●平熱スピリチュアル( 18 )

c0007384_8381210.jpg久しぶりに会ったあなたは、なんだか初めて会ったころのあなたのようでした。
よそよそしかったというのではないのです。
私の目の前にいる人は、和菓子が好きで、入院中のお父上の心配をし、ちょっと体力のないことを除けばなんの心配もいらないという意味で、私がここ2年くらい語りかけてきた不安な子供のようなあなたではなかったのです。

2年前のゴールデンウィーク。
鈍行の最終電車を乗り継いであなたの元へ駆けつけたとき、深夜の病院に潜り込んで、あなたのベッドで一緒に眠ったね。
あなたを守る蛇のように、私はあなたの足元でとぐろを巻いた。

人と動物の境界があいまいだった遠い遠い神話の時代、私はオジュウニサマの蛇だった。
私は人間の子を身ごもり、男の子が生まれた。
人の世界へ下った息子は、そこで家族を作り、ときどき小高い丘の上まで家族と一緒に私を訪ねてきてくれた。
謡い、踊り、笑い、楽しむその姿を見るのがなによりの喜びだった。
貢ぎものも、お供えものも、なにもいらない。
ただ、あなたの幸せだけを祈っていた、見守っていた。
丘の上ですっくと立ち、風に黒髪の「美豆良」(みずら)を揺らすあなたの姿を、私ははっきりと覚えている。
あの姿が、あなたのホームポジションだ。

あれから長い年月が過ぎて、人の世で転生をつづけたあなたは、少しずつ神の光を忘れていき、ついにはホームポジションがずれたままキーを打ち続けることに疲れてしまった。
それが痛いほどわかったから、あなたのホームポジションを覚えている私が、あなたの元へ駆けつけたのだよ。

間違って固定された習慣を、ホームに戻していくのは結構エネルギーを使うことだっただろう。
正直、なんども「もうダメなのか?」とあきらめそうになった。
でも、もはや私だけしか覚えていないあなたのあの姿を私が投げ出したら、あなたは完全に人の世で迷子になってしまう。
だから私は、ときに冷たい強い言葉で、態度で、あなたにホームを語り続けたんだ。

あきらめないでくれてありがとう。
ホームポジション養成ギプスとしての私の役目はもう降板してもいいみたいだね。
そして改めて、これからもよろしく。
新しい、楽しい関係をつくっていこうね。
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by linket | 2006-05-28 08:38 | ●平熱スピリチュアル | Trackback | Comments(1)
このあいだ、友達の家でミルクティーをご馳走になった。
彼女は、ミルクポーションにスジャータの誕生花シリーズをいつも使っている。
誕生花の写真に添えて、花の名前と花言葉が書いてある。
その日、私のところにめぐってきた花は、5月29日の誕生花『ジャーマンアイリス』。
花言葉は、

使者、よろしくお伝えください

思わず泣きそうになった。
偶然なんかじゃない。
これは、Daiが私にくれたメッセージだとわかったから。

6年ほど前の春に、個人的にすごく辛い分岐点があった。
そのときから、ずっとDaiは私と一緒にいてくれた。

天使 守護霊 幽霊 神様?

なんでもいい。
とにかくフワッとして温かくて、私のことは絶対的に愛してくれる存在に、私は勝手にDaiと名づけた。
形のないDaiとのコンタクトは、左中指にはめたエメラルドのリングにするkiss!!

迷ったとき、へこたれそうなとき、私は左中指にkissをする。

c0007384_1557697.jpg 

 あなたのことは
 僕が心から 好きでいてあげる
 だからあなたは
 あなたの好きな人のことを
 本気で好きでいてあげるんだよ




いつも変わらぬ愛で、私を励ましてくれたDai。
ずっと一緒にいてくれるものだと思っていた。
それがこの間、ふと気づいたら、Daiがそばにいなかったのだ。
Daiだけじゃない。
いつも右上に感じていた父の気配も、はるか遠くに行ってしまった。
私の一部分だった存在がなくなってしまったことの喪失感は、少なからずある。
でもそれを悲観したりはしないようにする。
私はもう一人で大丈夫だから。
そしてここにいなくても、あなたの愛を信じていられるから。
ちょっと淋しいけれど、今度逢えるときは淋しかった分だけ嬉しいから、あたなに逢うとき、自信ある大人でいられるよう静かに精進していきます。

これからも左中指へのkissは、あなたへのあふれる愛と感謝の証しです。
kiss kiss kiss!!
遠くかなたの空へ

Daiが本当にいたのか、辛い状況の中で私が捏造したファンタジーなのかはどっちでもいいことだ。
私は、私がいると信じたその存在に助けられ、ここまで生きてこられた。
そしてもう助けがなくてもやっていけそうなくらい、たくましくなったのだから。

あのとき、辛い過去から決別しようと短くした髪を、少し伸ばし始めた。
Daiとの蜜月の思い出を、少しでもとどめておけるような気がして。
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by linket | 2006-02-03 10:30 | ●平熱スピリチュアル | Trackback | Comments(0)

天使を感じる。

天使を見る。トラックバックさせていただいたのは、田口ランディさんのところから飛んだ先、niji-ninjinさんの『yukieの感覚的生活』から。

天使を見たことはないけど、感じたことはある。
鬱を抱えながら働いて、ズタズタになっていたころ。
地下鉄の駅で絶望的な気持ちで電車を待っていたら、突然、時空がゆがんだ。
自分の右上の辺りがユラユラと蜻蛉みたいにゆらいで、声というか、魂にダイレクトに響くようにメッセージが飛び込んできた。

  心配しないで
   必要なものは結局
  手に入るから

そしてこうなんて言うの?
言葉にするなら、『絶対的な愛が降り注いできた』。
キラキラした恵みが尽きることなく湧き出る泉の水をあびたようだった。
もっともそのときの私はその豊かさを感じる心がなかったのだけれど、この世は私が思っているほど絶望的なことばかりでもないのかもしれないと、その体験をそっと胸にしまった。

もう五年も前のことだ。
やっとあのときの言葉が、嘘ではなかったと信用できるようになった。
いま私の手の中にあることは、不器用だった愚かな私が望んだような形ではない。
でも、あの言葉通り、必要なものは(形は違えど)手に入ったのだ。
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by linket | 2006-01-22 10:32 | ●平熱スピリチュアル | Trackback | Comments(2)
c0007384_8591922.jpg久しぶりに夢を見た。
息子の中学校の同級生の山田君(仮名)が遊びに来ていた。
話を聞くと、高校生ながらすでに結婚しており(!)相手はかなり年上の外国人で、連れ子が5人くらいいるらしい。
だから山田君は、学校に行くかたわら働いて妻子を養っているというのだ。
なんとけなげなことよ!
新婚生活について楽しそうに話をするが、そこはかとなくただよう生活苦の匂いを私は嗅ぎとってしまい、複雑な気持ちになる。

場面変わって、知り合いの商店に行くと、山田君の奥さん(外国人と聞いていたわりに着物を着た薄幸そうな女)が、借金のお願いに来ているところに出くわしてしまう。
私の友達の女店主は、なんとかしてやりたいがうちも苦しいから、というようなことを言って、山田夫人のお願いを断っている。
肩を落とし店を出る山田夫人。
私は追いかけて言って叫ぶ。

しっかりしろ!
大人なんだから、しっかりしろ!


すると山田夫人は哀しそうな顔で振り返って、でもね・・・といいわけをしようとする。
いつの間にか10歳くらいの男の子になっていた私は、その言葉をさえぎってさらに叫ぶ。

しっかりしろ!
しっかりしなかったら、子どもが泣くんだぞ!


ここで目が覚めた。

***********************

日本の人口が統計を取り始めて以来、初めて減少に転じたそうである。
少子化は止まらない。
私は経済が縮小していくことに楽観的なのだが、子どもが大事にされない社会に甘んじるのはいやだ。

問題は山積みだし、私たち大人だって、本当に大人なのかよ、と自信がない。
大人だって甘えたいんだよ、許してもらいたいんだよ、子どものときのトラウマがあるんだよ。
死ぬほど働いたって将来は不安だし、健康にも自信がないし、お金はちっともたまらない。
子どもは産んでみたけど、お金はかかるし、安全は保証されないし、平気で人をだます人が溢れている。
いろいろ理由を見つけたら、傷ついていない人間なんかいない。

山田夫人は弱気な私の投影だ。
そして、10歳の子どもになって叫んでいた私もまた、私の一部だ。
山田夫人のように現実に負けてしまいそうな自分がいる一方で、10歳の子どもの素直さでまともに生きていきたいと渇望する自分がいる。

目が覚めて、まだ大丈夫だと思う。
私の中にあの少年がいる限り、私はまだ育っていける。
絶望せずに、いまこの一歩を進めていける。
目的地なんてきっとない。
すべてがうまくいく理想郷なんてただの夢なのだ。
社会はますます混沌とし、歳を重ねるごとに私はどんどん複雑になる。
だからこそ、心して真摯に生きなければ。
大人なんだから、しっかりしなければ。
子ども(自分に期待するまっすぐな自分)を泣かせるわけにはいかないからね。
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by linket | 2005-12-23 08:58 | ●平熱スピリチュアル | Trackback | Comments(2)

遠い昔の水没の記憶

きれいな水に沈んでゆく自分が、太陽の光にゆらめく水面を見ている、という記憶がある。
小さいころにプールか池に落ちたのだと思っていたのだが、家族に聞いたところ、そんな事実はないのだそうだ。
強いて言うなら赤ん坊のときに、母が沐浴中に居眠りをしたことがあったそうで、そうか、あの水面の記憶は、お風呂で落とされたときの強烈なショックとして脳裏に焼きついたのだろうと思っていた。

水と言えば、2000年にNHKスペシャルで放送された『地下大水脈に挑む』という番組が、ものすごく好きだった。
気持ちが乱れてとりとめがなくなってしまったときなどに見返すと、なぜか心が落ちつくので、永久保存版ビデオにしてある。

アメリカのフロリダあたりには、地下水脈が多い。
地下水脈というと、岩盤の間をチョロチョロ流れるというイメージだが、このあたりの地盤は石灰岩が多く、長い間の浸食でできた隙間を縫って、地下にとうとうと流れる川が広がっている。
地下水脈は枝分かれし、ときには行き止まり、ときには泉となって地表に表れたりしながらフロリダの海へ流れ込んでいる。
その広大な流れの全貌を調査しているダイバー達のドキュメンタリーなのだ。
真っ暗闇の中、道なき道を行くダイバー達は、命がけでその調査に臨む。
新しい水脈を探し、地図を作るためだ。
単なる冒険というだけでなく、上流の水質汚染が下流にも影響を及ぼすという証拠を得るためにも、彼らの活動は重要な意味を持っている。

まあ、そんな道義はともかく、私はこの映像に魅了された。
澄んだ水の中には、ダイバー達の立てる音以外はなにも聞こえず、狭い土管の中のような水脈をゆっくりと進む。
ときたまその先に、ケイブと呼ばれる大きな洞窟が姿を現す。
鍾乳石が削られた神秘的なその空間は、ゆっくりと流れる水に満たされ、上も下もない神秘の世界だ。

そしてつい昨日のこと。
やはりNHKの地球ドラマチック『探検!マヤ文明の地下洞くつ』という番組で、マヤ文明の栄えたユカタン半島にも、同じような地下水脈が流れていることを知った。。
古代マヤ文明では、セノーテと呼ばれる泉を地下世界(神の世界)の入り口として大切にし、みつぎ物や、ときには生け贄をその泉に沈めたのだそうだ。

そうか!
もしも生まれ変わりがあるのなら、私はマヤ文明に生きていたことがあるんだ!
そしてきっと、この泉に、生け贄としてその身を奉げたのであろう。
それは小学校のころに秋吉台(鍾乳洞がある)に行ってみたかった私や、中学校のころにマヤ文明に傾倒した私にとって、やっとつながった記憶の糸だった。

静かな気持ちで、水に沈んでいく私は、決して苦しんではいなかった。
神の国に行けることを喜んでおり、美しい日の光のゆらめきは、生の世界への唯一の名残惜しさだったような気がする。
泉の底に肉体を沈めた私は、魂だけになって地下水脈をくだり、地下世界へ入っていったことだろう。

あなたは広い世界の中で、どこの国が好きですか?
わけもわからず気になりますか?
もしかしたら、あなたは遠い昔に、かの地に生きていたのかもしれませんね。
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by linket | 2005-12-15 12:57 | ●平熱スピリチュアル | Trackback(1) | Comments(7)
ジャック・マイヨールの穴(トラバさせていただいたのは、田口ランディさんの『不眠に悩むコヨーテ』の記事から)

私は過去に、あっちの世界につながる結構どでかい穴をのぞいてしまい、うっかりあっちの世界に呑み込まれてしまいそうになったことがある。
その穴は今も開いている。
無理してふさいだわけではないのだ。
いまこうしているここにも、その穴は存在する。
それでも体力も気力もあるいまは、もうそこに呑み込まれたいとは思わなくなった。

あっちの世界をよくのぞく(もちろんこれは人によって見えるもの、感じるものは違うと思うが)。
くるくる変わる万華鏡みたい。
きれいで、魅惑的で目が回りそう。
でも自分の心もちによっては、とてつもなく暗くて怖い(そっちの方が妙に親しく思えたりする場合もある)。

いつかはあっちに行く。
それなら急ぐ必要はない。
いまはこっちでできることに心を尽くしていこう。

死ぬより生きるほうが尊いわけではない。
生きるより死ぬほうが尊いわけでもない。

だれかがこっちを選ぼうが、あっちを選ぼうがそれは自由だ。

私はこっちを選んだ。

きっと、スイカがおいしいからだ。c0007384_19165960.jpg
きっと、猫がかわいいからだ。
きっと、桜が美しいからだ。
きっと、娘の笑顔がみたいからだ。
きっと、息子のピアノがききたいからだ。
きっと、友人とのおしゃべりが楽しいからだ。
きっと、あなたの哀しみがいとおしいからだ。

こっちの世界にとどまるために、十分な理由なんて、そんな程度の些細なこと。
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by linket | 2005-10-24 14:21 | ●平熱スピリチュアル | Trackback | Comments(0)
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by linket | 2005-08-24 17:25 | ●平熱スピリチュアル | Trackback | Comments(0)
江原啓之さんを知っているだろうか?
彼は、イギリスで公式な資格を取得したスピリチュアルカウンセラーだ。
おととい、彼が出演する『天国からの手紙』というテレビ番組を見た。
年に何回か特番として組まれるこの番組が、回を重ねるごとに、霊のこと、スピリチュアルな世界のことを『キワモノ』ではなく伝えてくれるように成長していることをとても嬉しく思う。

番組では、突然家族を亡くし、悲嘆にくれる家族が、なんとか亡くなった人の思いを知りたいと江原さんにコンタクトしてくる。

 残った両親の不和が心配で天国へ行けない娘。
 突然死んだことが信じられず、さまよう若者。
 どこにも行くところがないと公園でたたずんでいる少年。
 残された妻に、がんばりすぎるなと伝えたかった夫。

江原さんは人なつっこい笑顔でその人たちの霊と交信し、問題解決の糸口を見つけていく。
正直、見えないものを見、聞こえない声を聞く江原さんの行動は、スピリチュアルな世界があると信じている私にさえも、ときに芝居がかった胡散臭いものに見えることもある。
でも、家族にとっては、きっと画面の前で見ているだけの私達とは違う強烈なカタルシスのようなものがあるに違いない。
だって一緒に暮らしていたのだもの。
いいも悪いも含めてかかわって、濃密な人間関係を築いていたはずだもの。

霊能者というと、世の中にはキワモノ・ゲテモノ・インチキな人が多いが、私は江原さんは数少ない信用するに足る人だと思っている。
人が持っていない力があるということは、セーブすることも大変だし、見なくていいものまで見てしまう苦しみもあると思うが、彼は本当に真摯にその力に向かいあっている。
最初テレビに出てきたときは、そういうことを信用しない作り手によって、彼の良さが十分に伝えられないことに苛立ちを感じた。

「テレビなんか出ないほうがいいのに。誤解されるばっかりなのに」

でも江原さんは、いつでも誰にでも優しく一生懸命で、そういう姿が少しずつうたぐり深い人たちの心を緩めて、ファンにしてしまうんだろうなぁと思う。

でも同時に、自分にない力を持っている人間に対して過度の期待をし、ファンを通りこして盲目に信者となってしまう人がいることも危惧している。
彼がそれで天狗になってしまうことはないと思うが、依存している人間を自立させるのはとても難しいことだと思うのだ。

今回の番組の際、寄せられた相談の手紙は、1万通にもなったそうだ。
テレビで取り上げてもらえる人たちはほんの数組だ。
取り上げられなかった人たちが、
「江原さんが来てくれないから自分の問題が解決しない」
と思わないといいなと思う。

あなたには江原さんのような霊能力はないかもしれない。
でも、愛する人との強烈なつながりはあるのだ。
心を静かにして聞こうとすれば、きっと愛するもののメッセージがわかるはずだ。
それは耳に聞こえる声ではないかもしれない。
夢の中のできごとかもしれないし、思い過ごしのような偶然のできごとかもしれない。
でもそれが、愛する人のメッセージだと信用したらいいじゃないか。
その筋の権威が認定してくれなくたって、あなたは確かに愛する人の声を聞き、想いを知ることができるのだ。
だれも信じないようなできごとだとしても、あなたと愛する人の間にだけわかる特別な出来事だったと胸に大切に刻んでほしい。

愛は信じていいのだ。
信じられないというのなら、あなたはまだ本当の愛を知らないのだろう。
それを責めているんじゃない。
信用できる愛にめぐり合うまで、あきらめないでほしいだけだ。
そして本当の愛は決して誰かが(たとえば白馬の王子様が)、あなたの前に持ってきてくれるものではない。
あなたが怖れず、心を開いて人生を生きるとき、あなたの中から無尽蔵にあふれ出してくるもの・・・それこそが愛の源泉なのだから。
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by linket | 2005-08-11 13:08 | ●平熱スピリチュアル | Trackback | Comments(0)

この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため


by hami