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Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

2007年 10月 26日 ( 1 )

c0007384_832911.jpg《きみが頼りなく握っている古い用済みの概念を、
枝にしがみついている葉をもぎとるようにはぎとってやろう。

きみの道は従う道でもある。
解放されるために行け。

それには人間の言葉で言う勇気がいる。
知らない道、悟りの道、「大いなる存在」を知る道だ。》


上記は、マイケル・J・ローズ『魂との対話』より抜粋。

私はわがままだ。
ずっと自分の考えに従って生きてきた。
例え誰かの考えに合わせなければならないときでも、
「私はそうは思わないけど、場面でお前の言うことをきいてやってるんだ」
という態度だった。
表面的に服従したふりをしているだけで、心から従っていたわけではない。
誰かのいいなりになるのはまっぴらごめんだ。

私はこれが好きだ。
私はこれが大事だ。
ほかはいらない。

そうやって、「私という人間はこういう人間です」という、アイデンティティらしきものを、私は自我で作り上げてきたのだ。

お気に入りの服や着物
こだわり抜いたアッサムティー
機能的な家電やパソコン
読んできた本
書き連ねてきた日記の言葉

そんなものが私のアイデンティティなのだろうか?
以前、テレビに出ていたブランド好きなセレブ奥様が、何十個というブランドバッグを並べて、
「これが私のアイデンティティなの」
って、言うのをせせら笑ったことがあったが、私だって似たようなものなんじゃないか。

最近、なんだか苦しくてたまらない。
私が頑張って私を作ってきたことは間違いではないけれど、その方法でできることに行き詰まりを感じている。
そんな『古い用済みの概念』は捨て去ってしまいたい。

従うことは、不自由になることだと思ってきたけれど、違うのかもしれない。
去年のいまごろ、『手放すことが自由への道』という言葉に共振したのだが、手放すというのは、自我を手放すということでもあるのだと、一年経った今、思う。
自分が執着して手に持っているものを手放すだけでなく、自分が嫌いだからと拒否することそのものも手放すことが必要なわけで、そこには自我の選択肢はない。
選択肢はないのに、その方が自由なのだ。
そこを信頼できるようになったら、どんなに楽だろう!

友達が、真珠の話をしてくれた。
アコヤ貝は異物であるものを身のうちに受け入れ、時間をかけてあんなにも繊細できれいな真珠に育て上げる。

私にもできるだろうか?
by linket | 2007-10-26 08:07 | ●無駄人間になってやる | Trackback | Comments(10)

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by hami