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Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

2006年 03月 31日 ( 1 )

c0007384_1247564.jpgずっと蕎麦が嫌いだと公言してきた。
蕎麦とうどんのメニューがあれば、絶対うどんを選ぶ。
そんな私が、この間しがらみから蕎麦を食べざるを得ない事態に追い込まれた。
で、いやいや食べ始めたら、意外にそれがおいしいので、改めて『蕎麦は嫌いだ』という理由を見つけてみたのだが、決定的な理由がみつからない。

あれれ?
歳とともに味の好みが変わったのかもしれない。
でも、私は『蕎麦が嫌い』と言うことで、母の味方をしていたことに、そのとき初めて気がついたのだ。

父は無類の蕎麦好きで、小腹が空くと自分で蕎麦掻(そば粉に熱湯を入れて練ったものをしょうゆで食す)を作ったりする人だった。
それに対して母は蕎麦があまり好きではなかったが、蕎麦好きの父のためによく手打ち蕎麦を作っていた。
麗しい夫婦愛のようだが、母は『お母さんは蕎麦なんか好きじゃない』と、まるで呪いを吐くように蕎麦を打っていた。
20歳も年上の明治生まれの父は、母にとっては絶対に服従しなければならない支配者だったからだ。
父はなんにつけかなり強引で、自分の意見は間違っていても曲げなかったので、母が隠れて涙していた姿も、私はよく覚えている。
父が『蕎麦を作れ』と言えば、母の選択肢はそれを作ることしかなかったのだ。

小さな子供はお母さんと常に一緒だ(いや、もちろんお母さん以外の人と一緒の場合もあるだろうが、小さな子供には保護して面倒みてくれる人が必要なので、そういう人を便宜的に『お母さん』と呼んでおく)。
お母さんに見捨てられたら、自分は生きていけない。
だから子供たちは、なんとかしてお母さんの役に立ちたいと思い、自分にできることを探すのだ。

私にとってそれは、『私も蕎麦なんか嫌い!』と口にすることだったのだ。
呪いの蕎麦を打つ母はそれを聞いてほくそ笑み、味方をつけた安心感にちょっぴり嬉しそうな顔をする。
私の言葉一つで、母が嬉しそうにする!
それはなんて甘美な魔法だろうか!?
お母さんには、安らかであってほしいと、幼い子供はいつだって願っているのだ。
そのためには嘘だってつく。
嘘ばっかり言ってるうちに、自分の本心さえ見失ってしまう。
それが子供のやさしさだ。

父のために呪いを吐きながら蕎麦を打ち続けた母は、いつしか蕎麦打ちの名人になった。
父が亡くなってからも、その手打ち蕎麦を恋しがる人たちのために、母は蕎麦を打つ。
でももう呪いを吐いたりはしない。
『お母さんの蕎麦はおいしいって、みんなが喜んでくれるから』
と、ニコニコしながら蕎麦を打つ。
いつの間にか、私が『蕎麦なんか嫌い!』と嘘で味方をしなくても、母は嬉しそうな顔をして蕎麦を打つようになっていたのだ。
私の蕎麦嫌いも返上していいみたいだね。
by linket | 2006-03-31 12:53 | ●母と仲良くしたいけど | Trackback | Comments(3)

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by hami