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Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

私の役割

c0007384_13391315.jpg何ヶ月ぶりで和歌山さん(仮名)というママ友達に電話したら、親しくしていた友達が癌で亡くなったと教えてくれた。
うちの子供の同級生のお母さんでもあるので、私も何度か話したことのある人だ。
50代半ばだったそうだ。
一番下のお子さんはまだ中学校一年生。
胸が痛い。

「こんな落ち込んでて、ごめんね」
と、和歌山さんが言ったので、
「そんなことないよ。親しくしてた人が亡くなったんだもの、悲しくって落ち込んで、どうしようもなくなって当たり前だよ。」
と、心から言う。

近しい人が死んでしまうのはつらく、悲しい。
もう一緒にご飯を食べることができない。
一緒に笑うことも、喧嘩することも、手を重ねることもできない。
確かにあったものを失ってしまうことの悲しみは、何年たっても消えることはない。
それでも生き残ったものは、生きて行かなければならない。
思い出を語り合い、悲しみを薄めながら、生活していかなければならない。
ならば、愛する人が死んでしまったことの怖さではなくて、その人がこの世にいたこと、精一杯生きたこと、一緒に笑ったことを、この胸に刻んで生きていこう。
それが本当の供養だと思うから。

私は死を怖いことだと思っていない。
それは父を早く亡くしたせいかもしれないし、自分が鬱になってこの世からいなくなることばかり考えていたこととも関係があるかもしれないが、死は当たり前のことだから怖くはない。
誰かが死んで誰かが永遠に生き続けるなら、死は不幸なことかもしれないけど、誰だって死ぬのだから、(幸福ではないし、若死にすることは残念なことではあるとしても)死が不幸だとは思わない。

だから、私は近しい人たちが死を怖がったときに、側にいる。
それが死を怖れない私の役割だと思っている。
別に宗教を持っているわけではないし、私のように考えろと相手に強要するつもりもない。
ただ、「大丈夫だよ」と、怖れない姿を見せるだけで、怖がっている人の心の揺れが、少しでも収まるといいなと思うだけだ。
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by linket | 2008-08-11 13:56 | ●メメントモリ(死に支度) | Trackback | Comments(0)

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by hami