Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

そういえば『母と仲良くしたいけど』どうなったか?

c0007384_12351781.jpg母との確執というか、私が一方的に母に対して持っているわだかまりみたいなものを、カテゴリー『母と仲良くしたいけど』に書きなぐってきた。
書き始めた当初は、いままで言えなかったことが書けたカタルシスと、ほんの少しの罪悪感がない交ぜだった。

それでも、この一連の記事にいただいたコメントは、
『母の愛は海よりも深いのに、そんなことを言うなんてひどい!』
という一般的な意見よりも
『私も母に対してそう思っていた。よくぞ言ってくれた!』
という共感の声が圧倒的に多かったので、ああ、自分だけじゃないんだと思って、相当ホッとした。

戦中派の母を持つ娘たちにとって、共通の問題点みたいなものがあるような気もしているが、それを論理的に深く調べるようなことは私にはできないので、あくまでも個人的な話を書き連ねてきたのだけどね。

そんなことをしているうちに、積年の恨みは、なんとなく前より少なくなったような気がする。
母とガチンコの喧嘩をしたわけでもないし、私が心を入れ替えて母の愚行を許したわけでも、母が過去の過ちの数々を土下座して謝ってくれたわけでもないのにだ。

私は母に対して、あらぬ期待をしていたのだと思う。
『理想の娘であれと望むなら、お前も理想の母であれ!』
というような欲望を持っていたのだ。
私は母の言う『よい子』であるために、子供ができるあらん限りの努力をしてきた。
その努力に見合うだけの『いい母』を、求めていたのだろう。

なんでも相談できて、いつもにこやかで、なにがあっても私を守ってくれる母。
それは、目の前の自分の母にはあり得ない特質ばかりであったにもかかわらず、私は本で読んだ「母を訪ねて三千里のマルコの母」とか、テレビで見た「大草原の小さな家のキャロライン母さん」みたいなものを、勝手に母に求め、そして与えられないことに絶望し、母を憎んだ。

だけど、母は母なのだ。
近所でも評判の働き者で、人当たりがよく、忍耐強い反面、身内には感情的に当たり、言わなくてもいいひと言を浴びせかけるような人なのだ。
私とは趣味も、人生に対する考え方もまったく違い、だからと言って悪気はなく、愚直で、単純な人間なのだ。
隣のおばさんだと思えば「いい人」の部類なのに、母というカテゴリーに入れた途端、マイナスポイントレベルがピピピピピィーーー!とつり上がってしまうわけだ。

そんな身勝手な思い込みが、だんだんなえてきた。
敵視していた母が歳とともにパワーダウンしてきているということもあるが、結論を言えば、
「母と仲良くしたいと思っていたけれど、所詮、私と母は仲良くできるような人種同士ではないということに気がついた」
というのが、最近の心境だ。
仲良くはできないが、家族として協力したり、共感したりして、他人よりもちょっとだけ親密につきあえばそれでいいかっ!と思えば気が楽だ。
母は、忙しく貧しい中、三食食べさせてくれ、人並みなものを買い与え、時には勝手に自慢に思ってくれて、こんなひねくれ娘に手をあげることもなかった。
そのことには素直に感謝している。
あれは母なりの愛だったのだろう。
私の愛とは違うけど。

実はしばらく母に会っていない。
この夏は二年ぶりに実家に帰る予定なので、実際会ったら、またその一挙一投足にムカムカするかもしれないけどね。

そしたらまたご報告しますわ。
とりいそぎ、近況のお知らせまで。
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by linket | 2007-07-13 12:35 | ●母と仲良くしたいけど

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by hami