Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

「死ぬまで生きろよ!」

c0007384_1534344.jpg「死ぬまで生きろよ!」というのは、死んだ父の口癖だった。
酔っぱらって上機嫌の父が、仲間と別れるときによく口にしていた。
子供だった私は「死ぬまで生きるのは当たり前じゃない」と、冷めた目で見ていたのだが、今になると、もっと深い意味があったんだろうなと思う。
戦時中に満州に渡り、現地で召集されたのち終戦を迎え、シベリアに抑留されていた父にとって、死は身近な存在だったはずだ。
特に捕虜として抑留されていた三年あまりの日々は、帰郷のあてもなく、同胞達が次々と死んでいく絶望的な状況が、どんなに父の死生観を深いものにしたか、平和な時代に育った私には想像すらできない。

私なんて、鬱になったときに平気で『死ぬまで生きる』ことを投げ出してしまおうとしたこともあったわけで、あのとき父が生きていたら、きっと拳のひとつやふたつ、飛んできたに違いない。
それでもね、経験していないことはある程度の想像しかできないわけで、私には父の戦争体験に本当の意味で共感を持つことはできないし、豊かな生活をしていながら死にたくなった私の気持ちを、父に共感してもらうことも多分無理なんだろう。

ところで、先日、てっちりを食べにとらふぐ亭というお店に連れて行ってもらった。
フグを専門店で食べるのは生まれて初めてなので、同席の人からいろいろとうんちくなど聞きながら、初心者女子の私はひたすらに灰汁をすくう。
無の境地くらいに一心不乱に灰汁をすくっていたら、なんだか父の気配をチラチラと感じるのだ。

父が死んでからも、私は彼の気配を身近に感じてきたのだが、去年の2月くらいにそれがはるか彼方に遠ざかってしまっていた。
没後20数年経って、ようやく成仏してくれたか・・・と、安心しつつも少し淋しく思っていたのだけれど、フグに釣られて出てきたらしい。
フグ好きだったのかな?
貧乏だったし、海なし県の群馬だったから、家族でフグを食べたことなんて一度もないし、父が「フグはうまいぞ」なんて言ったことを聞いた記憶もないのだが、なんだかやたらと嬉しそうな父の気配が伝わってきて、灰汁をすくいながら思わず口元が笑ってしまう。

となりのテーブルでは10数人のサラリーマン達が新年会で盛り上がっており、酒に酔った何人かが、大きな声でしゃべり続けている。
そしてそのうちの一人が、

「死ぬまで生きろよ!」

と、言ったのだ。
やだなぁ、涙出ちゃうじゃないか!
フグ食べながら、泣くなんてかっこ悪いから、泣くの我慢しなきゃいけないじゃん。
お父さん、私はもう生きることを諦めたりしないよ。
ようやく自分で『死ぬまで生きる』ことの大切さがわかったからね。

とりあえずは、ありがたく目の前のフグを食す。
うまいもん食べられるのも、生きてるうちだものね。
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by linket | 2007-01-07 15:16 | ●平熱スピリチュアル

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