Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

悩まない脳

c0007384_16284826.jpg鬱がひどかったときは死んでしまいたかったが、そこから回復してもなんで生きていなければいけないのかわからなかった。
自発的に死んでしまいたいわけではないが、かといって意欲的に生きられるようになったわけでは決してない時期が、結構長くつづいた。
ある時、疲れからグルグルとナイマスの思考にはまってしまった私は、身近な人に
「なんでみんな生きてるの? たいして人生楽しそうでもないくせに、なんで生きていけるの?」
と、泣きながらからんだことがある。
その人は、しばらく考えて
「それでも生きるんだよ。」
と、言って困ったように少し笑った。

びっくりした。
言葉の表面的な意味ではなく、その人の圧倒的な生きていくエネルギーみたいなものが、私のくだらないグルグル思考の鎖をブッた切ったからだ。
グチャグチャなものを抱え、それを捨て去ることもできず、それがなにかも知ろうともせず、楽しいことより辛いことや悲しいことが多くって、理解者もおらず、愛も信じられずに、悩み、苦しみ、それでも生きる!?
それが生きるってことなの?
それなら、私は生きていなかった。

日曜日に、たまたまフジテレビの『ザ・ノンフィクション 突然脳障害に襲われて家族の苦悶』という番組をみていたら、『悩まない脳』という表現が出てきた。
交通事故や脳溢血など、脳がなんらかのダメージを受けたことにより生じた後遺症の中に、高次脳機能障害というのがある。
この症状の一つに、稀ではあるが『悩まない』というのがあり、番組では交通事故で高次脳機能障害になり、まったく悩まなくなった女性が紹介されていた。

そもそも『悩む』というのは、

なにかに対してやる気を出す→それをするとどうなるか未来を予測する→過去の経験から失敗を思い出し不安になる→悩む

という脳サイクルによって生み出されるのだそうだ。
未来を予測する前頭前野付近の脳がダメージを受けた場合、自分が起こす行動に対して不安な結果を選択肢に入れないので、悩まないということらしい。

彼女は少しのことでケラケラと笑い出す。
そして笑い出すと止まらない。
交通事故の後遺症はそれだけではなく、半身に麻痺が残っていたり、言語障害も出ていたりするので、普通だったらこの先の自分の身を案じて苦悩にさいなまれるに違いないのだが、彼女は「まったく悩まないですねぇ」と笑う。
一見、明るくていいじゃないかと思ってしまう。
くよくよくどくど泣かれるよりも、人生笑って過ごせるならそれでいいじゃないかと。

でも彼女を診察した医者(ちなみに彼は、鬱病の『悩む脳』の研究が専門)がこう言っていた。
「悩まないで明るいのと、悩みを乗り越えて明るいのは違う。悩むことが人間らしさなんだ。」

番組では『悩む脳』についての紹介はなかったが、つまりは鬱というのは、『悩みすぎる脳』の状態だということなのだろう。
自分が失敗するのではないか、失敗を人から非難されるのではないか、だって過去にもあんな失敗やこんな失敗があったし、テレビやネットでもこんな失敗やあんな失敗の話が満載だし、ゴミの分別は難しいし、ウエストは90cm以上になったら危険だし、一日30種類の食品を食卓に並べないと健康ではいられないし、朝食に買ったパンしか用意できない母親なんて子供に復讐されるかもしれないし、パソコンとゲームばっかりやってる子供はゲーム脳になるかもしれないし、それを止めたら引きこもりになってしまうかもしれないし、近所のスーパーの店員がやたらとなれなれしくてうっとおしいし、エレベーターに乗るときはすばやく扉を通り抜けないと挟まれるかもしれないし、トイレブラシには雑菌が何億個もいるし、絨毯の中にはダニの死骸がいっぱいでアレルギーになるかもしれないし、今年の夏がもし暑かったら来年は大量の杉花粉が飛ぶからついに花粉症デビューかもしれないし、もう関係ないくせに産婦人科医のなり手がないなんて少子化はどうなるって心配になるし、サッカーなんて好きじゃないけど頑張ってきたナカタが引退決めるなんて世の中不条理だし、消費税はついに引き上げられるらしいし、ガン保険に入った方がいいのかよくわからないし、ああ、世の中不安だらけだ。
てなことを、日がな一日とめどなく悩んでしまうのだ。

こんなことグルグル考えていたら、そりゃあ、生きていく気力なんて湧きゃあしねぇよな(×。×)3
未来なんてね、いいも悪いも、そうそう予想した通りになんかなるもんじゃありません。
そして、予想した通りにはならないくせに、結構なんとかなってしまうもんです。
なんとかどころか、長い目でみれば結局は人生無駄なことなんかないよな、と思えるような瞬間もあるので、それは本当に虹が出ている間だけのような瞬間ですが、確かにこの人生に七色の虹がかかったことだけは忘れないで今日も生きていこうと思うわけです。
悩みすぎず、悩まなすぎず、ね。
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by linket | 2006-07-04 10:00 | ●鬱は自立の第一歩

この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため


by hami