Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

私はいつか死んでしまうけれど

おとうさんしむの?
父が亡くなったのは、私が17歳のときだった。
54歳も年が違い、知らない人からはよく「お孫さんですか?」と聞かれた。
身体も弱く、入院ばかりしていたので、父が71歳で死んだときも慟哭のような気持ちはなくて「まっ、しょうがないか。歳だし」と思っていた気がする。
もちろん、いつもいた人がいないことの淋しさやせつなさは、二十数年たった今でもなくなることはないけれど。

息子が小学校一年生のとき、担任の先生が癌で急に亡くなった。
まだ40歳くらいで、一学期の終業式には「夏休みが終わったら、また会いましょう!」と言っていたのに、二学期の始業式が始まるほんの数日前に帰らぬ人となった。
その訃報を連絡網で回してきた同級生のお母さんは
「子どもになんて言って伝えたらいいの!?」
と言って、電話口で号泣した。
私よりも年上なのに、人の死に慣れていないそのお母さんに私は同情した。
ほとんどの人が宗教を持たない私たち以降の世代は、人の死を受け入れていくために新しい切り口を見つけなければならないだろう。

死んだらどうなるか、なんて知らない。
魂があるのかも、天国があるのかも証明はできない。
でもファンタジーでもいいから、父の魂があって、天国から私たちを見守ってくれている、と私は信じたい。
誰にも相談できずに苦しいとき、「お父さんだったら、どうする?」と、ふと聞いてみたくなる。
「きっと、こうしろって言っただろうね」と答えをもらった気になる。
その答えは、私がねつ造したものだ。
でも父と関わっていたからこそ、ねつ造できた答えでもある。
父が私と生きていたことは、彼が死んでしまった今でも影響力を持ち、消してしまえない事実なのだ。

そして私もいつかは死んでしまう。
私だけではなく、生まれてきた人はいずれ死ぬ。
絶対にそこから逃れることはできない。

だから私は生きるのだ。
今日を生きるのだ。
好きな人には「好きだよ」と伝えるのだ。
面倒だなと思いつつ、家族のためにご飯を作るのだ。
うっかり感情的になって子どもを怒ってしまったら、取り返しがつかなくなる前に謝るのだ。
毎月毎月、支払いに追われてうんざりしても、投げたりせずに生活していくのだ。

 お母さんはいつか死んでしまうけれど
 あなたたちと過ごせて本当に楽しかった
 死んでも必ず天国から見守っているし
 ときどきは風になったり、花になったりして
 遊びにくるよ

これを書いていたら、外で鳥が鳴いた。
父が遊びにきたのかもしれない。
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by linket | 2005-05-01 11:09 | ●メメントモリ(死に支度)

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by hami