Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

linket.exblog.jp

この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

サクラ サクラ

c0007384_15493144.jpgすさまじい早さで、桜が咲いた。
いつも膨らみかけた蕾をみながら、まだかな、まだかな・・・と楽しみにしているのだけど、今年は気が付いたら咲いていた(笑

なんにしても、春。

ところで、私はこの人生で言葉にどれだけ頼ってきたかわからない。
知らないことは、料理も掃除の仕方も人付き合いのノウハウも、みんな書かれた文字に教わってきた。
言葉に傷つく一方で、言葉に励まされ、言葉を支えに明日まで生き延びようと思ったことが何度もある。
涙した言葉を日記に書き写し、折に触れ読み返して、自分の考え方のパターンを修正し、人生を変えてきた。

言葉は現実ではない。
口だけならなんとでも言えるし、言葉にするだけではなんの実態もない。
でも、言葉は未来のともしびだ。
今、ここにはない現実を引き寄せるために、言葉という灯りをかかげ、消えないように気をつけながら、この暗闇を一歩一歩進むのだ。
実際は、前に進んでいるかどうかもわからない。
でも、自分の信じる言葉が未来へつながっていくと信じて、信じるしかなくて、行動するのだ。

このブログでよく読まれている記事は「甥っ子の結婚式になにを着たらいいのか?」とか、「日本学生支援機構での奨学金の話」とか「ストウブでご飯を炊く」とかの実用的なものが多いのだけれど、たまに「死にたい」とか「ストレスで肝臓の数値が上がる」とかでたどり着く人もいて、そういう人が少しでも楽になれたらいいなと思って、古い記事もそのままにしてあります。

桜、咲いたよ。
今年も生き延びたね。
もしも今、あなたが生きるのがつらいとしても、来年の桜を見ることができますように。
生きるのが辛かった私が、だましだまし生き延びて、今、この春を元気で楽しく迎えられているようなことが、あなたの人生にもありますように。
[PR]
by linket | 2013-03-18 16:07 | ●鬱は自立の第一歩
c0007384_113715.jpgc0007384_18433454.jpg

小石川植物園には、もう何年も通っているのだけれど、奥のほうでひっそりと水芭蕉が咲いていることに、今年初めて気づいたよ!!
[PR]
by linket | 2012-04-08 11:03 | ●好きが激しいだけ
c0007384_15514655.jpgお彼岸過ぎたっていうのに、今年は寒いね。
でも、今日はだいぶ桜のつぼみも膨らんでいた。
見ごろはいつだろう?
今年はどこに、だれと花見に行こうか?

春はいつだって、ウズウズする。


写真は、今日描いた『桜』。
来年はもっと上手な桜を描けるといいなぁと思いながら、今年の作品をupしておこう。
[PR]
by linket | 2012-03-28 15:59 | ●走墨

平成23年3月の桜

c0007384_173438.jpgやあやあ
今年も君に会えたね

待ちわびていたのは
寒くて遅い
春の訪れのせいばかりじゃないんだ

君を見ると
この国の人々は希望を思い出すから
どんなに悲しくても辛くても
毎年
こんなにもきれいな花を手向けてくれる
君に生きていく力を貰うから

今年は特に
君が咲くのを待ちわびていたんだよ
[PR]
by linket | 2011-03-30 17:03
c0007384_20323418.jpg新しいカテゴリとして、『好きが激しいだけ』を追加いたしました。
人から「ホントに、好き嫌いが激しいね」と言われることが多いです。
確かに昔はそうだったのですが、歳ともに、好きでないものに怒ったり、嫌ったりするエネルギー的余裕がなくなりまして、結果として、私の中には好きなものしかないです。
好きでないものには興味なし。
好き嫌いが激しいのではなくて、『好きが激しい』だけなんですけど。

それにしたって、日本中、桜の名所はあちこちあるのに、どうして私はここだけが好きなんだろう?
と、自問しながら、今年も行った小石川植物園。
今年は、開花してから寒い日が続いたので、もう何日か後の方が見ごろだったかな。

というわけで、来週隙を見つけて、もう一回行くかも。

朝日新聞の日曜版に載っている安野モヨコさんの『オチビサン』という漫画に、小石川植物園がよく出てくる。
いや、小石川植物園だとは書いてないのだけど、「あっ、安野さん、小石川植物園に行ったんだな」と、マニアにはわかってしまうのだった。


c0007384_20411914.jpgおまけ。
花見用紅茶を買いました。
ロイヤルミルクティー『薫る桜』。
まずいの覚悟で買ったけど、まずくはなかった。
なんだっけ? この風味。
思い出せなくて、悶えた。
結局思い出せなくて、諦めた。
だれかわかったら、教えて!!
[PR]
by linket | 2010-04-03 20:48 | ●好きが激しいだけ
c0007384_8562460.jpgなんの話かといえば、モンゴメリの不朽の名作、赤毛のアンの話です。
アンは、"an"ではなくて、"anne"でね。
中学校時代に、シリーズ何度も読みましたわ、赤毛のアン。

好きな男子の頭を石板でぶん殴りたかったなーーー。
庭にりんごの花を咲かせたかったなーーー。
膨らんだ袖のワンピースを着たかったなーーー。
すみれの谷で、親友の誓いを立てたかったなーーー。
そして、リラって名前の娘を持ちたかったなーーー。

冷静に考えてみると、ぶん殴りたいほど好きな男子はいなかったし(ムカついてぶん殴った奴はいるけど)、庭には梨も桃もスモモもあったのにリンゴの木はなかったし、膨らんだ袖のワンピースはどう考えても似合わないガキンチョだったし、親友の誓いなんて面倒だから辞めておいた方が無難だったし、リラって漢字にしたら『璃羅』『李羅』『莉羅』?いずれにしてもヤンキーみたいだし、アホな少女の夢はなにひとつ叶えられなくて正解だったのですがね。

それはさておき、「赤毛のアン出版100周年記念映画 」として、こちらのブログによく来訪いただいているtakakoさんが、初監督した映画『アンを探して』(公式ブログはこちら)が今年の秋公開されます。
c0007384_10131743.jpg
その準備のために来日(普段はカナダ在住なのです)されていたtakakoさんと、おととい、東京でお会いすることができました。

このブログを始めた当初にコメントをいただき、その後、お互いのブログで忌憚のないコメをやりとりしていたので、なんとなく初対面という気がせず、時間の経つのも忘れておしゃべり。
ちなみに、冒頭の写真は一緒に桜見物をした目黒川の桜並木です。
満開の時期は過ぎていたけれど、桜吹雪となった花弁が、川面をピンクに染めて『桜川』となっておりました。
「いっぺん飛び込んでみたいーーー!」
「いや、飛びこんだらきっと口とか鼻とか、花びら入りまくって大変かも。」
「なんか、あの上を歩けそう!」
などと、久しぶりに女子(ちょっとズレた女子達だが)のエンドレストーク満喫しましたわ。

このブログを始めた当初は、まだ私、かなりエネルギーレベルが低くて、なんかもう、このまま人生は面白いこともないままの下り坂が続き、大げさに言えば「忍耐の限界が先か、死が先か」というような暗い心持ちだったように思います(今、思えばだけど)。
そんなとき、カナダ在住の若くて才能があって自分の好きな仕事をイキイキとやっているtakakoさんのコメは、私にとっては別世界からのまばゆい光のようなもので、
「きれいだなーー。かっこいいなーー。でも、私とは住む世界が違う人だよね」
と、(卑屈になりこそしなかったものの)会って話すことができるなんて、かけらも考えたりしなかったのです。

それが今回、会おうと思ってちょっと足を踏み出せば、実際に会って話すなんてことができるのだ!ってことが実現できて、相当嬉しかったです。
どこでなにをやっているか、ということではなくて、好きだからつながれる世の中のツールがあるということに、驚きと、心からの感謝をささげたい気持ちです。
それから改めて、自分が今いる場所で、心を尽くしていくことの大事さといとおしさを確認しました。
当たり前だけど、私はどこにも行けなくてここに閉じ込められているのではなくて、自分が選んでここにいるのだからね。

takako様、楽しい時間をありがとうこざいました。
「アンを探して」を観るの、楽しみにしておりますからね。
[PR]
by linket | 2009-04-10 09:07 | ●無駄人間になってやる

東京は桜吹雪

c0007384_12284980.jpg
こんなところも桜色
[PR]
by linket | 2009-04-06 12:34 | ●好きが激しいだけ

悲しいズレ

c0007384_16283774.jpg

今年も桜が咲いた
今日の日経平均よりも
WBCの試合結果よりも
桜の開き具合の方が気にかかる

都会に暮らしていながら
自然につながろうとする自分の
いじましいズレ

開いた桜花に泣いてしまうほどの
悲しいズレ

[PR]
by linket | 2009-03-23 16:36 | ●無駄人間になってやる
c0007384_1221679.jpg東京はすでに桜吹雪。
そうだ、今日は叔父の命日だったのだ。
父が亡くなった翌年の春だから、私が高校三年になった時だ。
詳しくは知らないけれど、叔父は医療ミスで死んだらしい。
簡単な手術で入院したはずが、手術中に帰らぬ人となった。
母と一緒に弔問した際、お棺の中の叔父の顔は、生前の愛嬌溢れた顔とはかけ離れた苦悩に満ちた顔だった。
父は安らかな顔を置いて逝ったので、同じ死ぬのでもこんなにも無念を顔に刻んで死んでいく人もいるのだということを、17歳にして私は見せつけられた。
どうやったらこれほど…というほど叔父の顔は大きく膨れ、土色に変色した皮膚はヒビ割れて、(申し訳ないけど)到底、人のものとは思えなかった。
ガキだった私はただただ恐ろしくて怯え、お願いだからあの姿で夢には出てこないでと祈ったものだ。

叔父が亡くなって25年が経つ。
未だに忘れられない叔父の死顔ではあるが、有り難いことにあの姿が夢に出てきたことはない。
叔父のことを思うと浮かぶのは、愛敬のあるあの笑顔。
死者を思い出すとき、決まって笑顔なのはなんでだろう?
どっちかと言うと嫌いだった祖母も、中学の同級生の中で一番先に事故で死んでしまったイシダも、幼い子供を遺してガンで亡くなったチヨミも、思い出すのはみんな笑顔なのだった。
あの世では幸せであって欲しいという私の願望が勝手に創る幻想かもしれないが、私には死者たちが、今もどこかで元気にしているよ、と、笑顔を送ってくれているような気がしてならない。

私は生き長らえて、今年も桜を愛でる。
桜は、泣くみたいに散るのだなぁと、今年初めて気がついた。
泣くといっても、決して号泣とか慟哭というのではなく。
あふれすぎたものをただ地に返すように、静かに花びらを落とす。

ねがわくは花の下にて春死なん そのきさらきの望月のころ


というのは、西行の歌。
どうせ一回は死ぬので、できるなら私は桜の季節に死にたい。
そして遺された者たちが、桜が散るのを見るたびに、私の笑顔を思い出してくれたら嬉しい。
[PR]
by linket | 2008-04-05 12:02 | ●メメントモリ(死に支度)
c0007384_13381615.jpg久しぶりの鬱ネタ。
『鬱は自立の第一歩』というカテゴリーで、私の鬱体験を中心に書いてきた。
我ながら、最近はかなり自立できてきたかなぁと思っていたのだが、今日、友人から

『自立とは人と関わって生きることができることだ』

という言葉を教えてもらった。

うむむむ・・・・
確かに、そうかもしれない。
人に頼らず、自分でなんでもできることが自立だと思ってきたが、所詮、自分だけでなんでもなんてできないのだ。
迷惑を掛けないように気をつけても、やっぱりどこかで誰かの手を煩わせたり、助けてもらったりしなければ生きていけない。
そのときに、「自分でやるからほっといてよ」と意固地になるのではなく、ゆるやかに他人の助けを受けられる柔軟さこそ、本当の意味で自立している人間だと言えるのだろう。

自分ができないことは誰かに助けてもらう。
そして自分ができることで誰かを助ける。

自分でできることをしないで誰かに依存してしまう生き方ではなくて、
自分ができることを誰かに奪われてしまう受身の生き方でもなくて、
私はここまでができます、でもここからはできないので助けてください、
と、はっきり表明できること。

ああ、書いててうんざりする。
ちっともできていない。

私がしている仕事は、基本、社内の便利屋さん的なことなので、社外交渉というのはほとんどない。
ほとんどないが、たまにはある。
で、今日がそのたまに、、、の日で、発注した商品の生産について不備があり、なんとかその妥協案を探って、問題を解決しなければならない。。。。のだが、その折衝がしんどい。
どこを着地点に持っていくかがはっきりしていないような場合、特にしんどい。
相手に要求するのはしんどいので、相手の要求のままに受けてしまおうとする自分がいる。
個人のことならそれで自分が我慢してしまえばいいのだが、仕事となるとそうもいかず、頑張って要求するのだが、なにぶん要求しなれていないので、話が険悪になる。
険悪になった案件を、引き続き継続していくのはしんどいなぁぁぁ。

職場では、私が鬱だったことも、そんなわけで交渉が苦手なこともカミングアウトしてあるので、
「できないことは無理してやらなくていいよ(というか、できないことをやられると逆に困るからやるな)」
と、理解をいただいているのだが、なんでもかんでも「できない」って言っていいわけないよな、と妙な気遣いをして、ドツボにはまったりするのだ。

c0007384_2285987.jpgこのまま行くとドツボにはまること決定なので、その前の隙間に、今日は一人で花見に行った。
私の大好きな小石川植物園。

花見は一人で行くことが圧倒的に多い。
自分が大好きなことに、他人を介在させたくないのでね。
というか、結局一人だと現実逃避しやすいんだよね。
そんなわけで、まだ自立にはほど遠い自分なのであった。
とほほほん・・・・
明日は、頑張って取引先に電話します。
せめてひととき、きれいな桜で心をいっぱいにしておこう。
[PR]
by linket | 2008-03-27 13:38 | ●鬱は自立の第一歩

この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため


by hami