Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

c0007384_10392860.jpg久しぶりにブログにログインして、レポートを見てみたら、毎日2名様くらいが、「死にたい」「彼女が死にたいと言う」というようなキーワードでここにたどり着いており、前に書いた記事「死にたい」と言う彼女を救う方法に追加したい気持ちになった。

なので、改めて言う。
「死にたい」と言う彼女を救う方法なんてない。

でもね、救う方法はないんだけど、そんな彼女と関わる方法ならあるかもしれないと思う。

私は診療内科の医師でもないし、心理カウンセラーでもないし、昔、鬱を経験したただのおばさんでしかない。
だから、自分の体験したことを中心に書く。

私は意地っ張りで、夫に自分が鬱っぽい状況であることをずっと言わなかった。
言えなかったのではない。言わなかった。
夫にそんなことを言っても、助けてくれないのがわかっていたからだ。

でも、本当につらくなったときに、「死んじゃいたい」と言ってしまったことがある。
夫は、「そんなこと言われたって、俺、どうしたらいいんだよ」とうろたえた。
まさに、想像した通りである。
想像した通りだったので、逆に私はホッとした。

あのとき、夫が「死ぬなんてダメだ!」とか「頑張って生きろ!」とかの正しい(けど全然らしくない)ことを言ったら、私は夫と離婚するか、発作的に自殺してしまうかしてたと思う。
夫は実に正直に、ありのままに、「どうしたらいいかわからない」と言った。
いい恰好しいの私と違って、夫はいつも飾らず、背伸びせず、ブレずに生きている。
そのニュートラルさに、私は救われてきたのだなぁと思う。

私は、子供のころから、『いい子』だった。
親が望むいい子をよく心得ていて、勉強ができて頑張り屋で真面目な自分を生きていた。
でも、いい子でいられない自分の衝動に突き動かされてしまったときに、それまでの私が壊れた。
それが鬱という状態だったのだと思う。
「いい子で生きねばならない」というしがらみと、「ありのままの私じゃいけないの?」というせめぎあいの中で、私は自分の居場所を失った。
でも、夫は、そんな私と関わるのを「どうしたらいいかわからない」なりに、受け入れてくれた。
いい子じゃなくても、夫は私を批難もしないし、捨てもしなかった。

だからね、あなたは、あなたのまんまで、「死にたい」と言う人と関わればいい。
どうしたらいいかわからなかったら、うろたえればいいし、そんな面倒は勘弁してと思うなら、サッサと別れた方が身のためだし、そんな彼女でもなんとかしてあげたいと思うなら、覚悟して関わればいいし、彼女が自分の前からいなくなるなんて嫌だと思うなら、そう彼女に伝えればいい。

そのありのままの全部が、きっと彼女に伝わるから。
伝わったものを、どう受け取るかは彼女の選択だから、あなたがどんなに頑張っても、彼女は心を開かず死を選んでしまうかもしれないけど、でも、必死で人と関わったら、必ずなにかは変わるから。

毎日毎日、死にたいと思っていた私は、今、生き残って、50歳になった。
毎日毎日、忙しく働いて、身近な人たちと真摯に関わり、充実した日々を過ごしている。
今、あの鬱屈した日々を思い出してみるけど、なんであんなに死にたかったのかわからないし、そこからどうやって抜け出せたのかもわからない。
暗闇の中で、ある日突然日の光が射して、すべてがうまく回りはじめたわけではないし、白馬の王子が颯爽と現れて、私をお城に連れて行ってくれたわけでもない。
ただ、しんどい日やつらい日や死にたくなるような日も、なんとかやり過ごし、仕事をして、家族と一緒に過ごし、ご飯を食べ、だましだまし、日常を積み重ねてきただけだ。

今は、生きててよかったなぁ、(鬱になったことも含めて)幸せな人生だなぁ、と思う。

あなたにも、あなたの大事な人にも、そんな日がきますように。






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by linket | 2015-08-03 12:38 | ●鬱は自立の第一歩 | Comments(2)
c0007384_10565682.jpg※2015年8月3日「死にたい」と言う彼女を救う方法 ~改めて~を追加しました。

表題は、ある日の当ブログの検索キーワードから。
どんな切羽詰まった状況なの⁉︎ と思うと胸が痛かったが、ハッキリ言ってしまえば、
「死にたい」と言ってる人を救う方法なんてない。

彼女のいう「死にたい」って、本当に死にたいわけじゃないと思うんだ。
生きてることより死ぬ方がましな気がするだけなんだ。
死ぬより、生きてることがしんどく思える。
健康なあなたは、死ぬことが怖いよね。
だけど、あなたの大事な人は、あなたが怖がってる死よりも、さらに怖い思いをして生きてるんだ。
まずはそのことをわかってあげて、簡単に「死んだらダメだ」とか言わないであげて欲しい。
それって、今の「死ぬより辛い状況」を続けろって言ってるようなもんだから。

それにね、本当に死んじゃう人は、だれにも言わなかったするので、あなたに「死にたい」って打ち明けてるうちは、まだ生きたいという気持ちがあるのだと思う。

この記事とか、この記事 にもう少し詳しく書いてあるので、ご参照ください。

もう一回言う。
「死にたい」と言ってる人を救う方法なんかない。

救うことができるのは、本人だけだから。
あなたにできるのは、じっと側にいることだけだ。
辛くて厳しい道だ。
もしかすると、彼女は本当に死んでしまうかもしれない。
そうなったら、あなたは彼女を救えなかった、と苦しい後悔をすることになるだろう。
それでも彼女のそばにいたいですか?







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by linket | 2014-04-28 23:11 | ●鬱は自立の第一歩 | Comments(0)

サクラ サクラ

c0007384_15493144.jpgすさまじい早さで、桜が咲いた。
いつも膨らみかけた蕾をみながら、まだかな、まだかな・・・と楽しみにしているのだけど、今年は気が付いたら咲いていた(笑

なんにしても、春。

ところで、私はこの人生で言葉にどれだけ頼ってきたかわからない。
知らないことは、料理も掃除の仕方も人付き合いのノウハウも、みんな書かれた文字に教わってきた。
言葉に傷つく一方で、言葉に励まされ、言葉を支えに明日まで生き延びようと思ったことが何度もある。
涙した言葉を日記に書き写し、折に触れ読み返して、自分の考え方のパターンを修正し、人生を変えてきた。

言葉は現実ではない。
口だけならなんとでも言えるし、言葉にするだけではなんの実態もない。
でも、言葉は未来のともしびだ。
今、ここにはない現実を引き寄せるために、言葉という灯りをかかげ、消えないように気をつけながら、この暗闇を一歩一歩進むのだ。
実際は、前に進んでいるかどうかもわからない。
でも、自分の信じる言葉が未来へつながっていくと信じて、信じるしかなくて、行動するのだ。

このブログでよく読まれている記事は「甥っ子の結婚式になにを着たらいいのか?」とか、「日本学生支援機構での奨学金の話」とか「ストウブでご飯を炊く」とかの実用的なものが多いのだけれど、たまに「死にたい」とか「ストレスで肝臓の数値が上がる」とかでたどり着く人もいて、そういう人が少しでも楽になれたらいいなと思って、古い記事もそのままにしてあります。

桜、咲いたよ。
今年も生き延びたね。
もしも今、あなたが生きるのがつらいとしても、来年の桜を見ることができますように。
生きるのが辛かった私が、だましだまし生き延びて、今、この春を元気で楽しく迎えられているようなことが、あなたの人生にもありますように。
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by linket | 2013-03-18 16:07 | ●鬱は自立の第一歩 | Comments(0)
c0007384_12313492.jpgあなたのような人が陥るような鬱って、私は次なる自立の第一歩だと思っている。

いままであなたは、いつも人のために肩を貸してきたよね。
それはあなたのやさしさだけど、ずっとそんな体勢でいたから、あなたの肩は『借りやすい肩』になりすぎてる気がする。

力のないかよわい自分に寄り添ってくれる、頼りになる肩。

だけど、それって、あなたはまっすぐ立ててないよね。
力のあるあなたは、それでもがんばって歩いてきたと思うけど、もう無理でしょ?
やる必要もないでしょ?
あまりにも自分の都合のいい肩を貸してくれるあなたがいると、あなたの身近な人はつい甘えてしまう。
いままでいつもあなたが肩を貸してくれたから、それが当たり前すぎて、一人で歩くなんて考えたくないんだ。
一人で歩いたことがないから、怖いんだよ。

あなたも怖い?
だれも自分の肩を必要としてくれなくなったら、怖い?

あなたはその体勢がくせになっていてわからないかもしれないけれど、傍からみてると、その体勢は傾きすぎていて、しんどそうだよ。
そんなしんどい体勢、もうできないっ!!って、悲鳴を上げるの、当たり前だよ。

『もうできないっ!!』のは、あきらめじゃなくて、『じゃあ、どうしたら楽なんだろう?』って考えるきっかけになること。
だから、自立(自分がまっすぐ立って歩き始める)の第一歩。

死にたいってあなたは言うけど、殺したいのは過去に習慣づけてしまったその不自然な体勢で頑張り続ける自分なんじゃないかな。
これからの新しい自分の可能性も全部、殺したいわけではないと思うんだ。

怖いことって、自分の心の中の『開かずの間』に突っ込んであるよね。
でも、それがある限り、自分を好きにはなれないし、自分を好きになれないまま、まっすぐ歩くって難しい。
もう開けてみたら?
しまい込んだときは怖かったかもしれないけど、もう大丈夫だよ。
あなたが日々積み重ねてきたことは、ちゃんとあなたを無駄なく成長させてきた。
昔怖かったことも、今なら対処できるから。

私も昔死にたかったから、その気持ちは少しはわかる。
わかるから言うけど、「生きろ」よ。
死にたいと思ってもいいから、死ぬなよ。

その他の鬱ネタはこちらへ
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by linket | 2010-06-19 12:55 | ●鬱は自立の第一歩 | Comments(0)
c0007384_1836071.jpg以前から、「鬱は心の風邪」という表現が好きではなく、『鬱は自立の第一歩』というカテゴリーで個人的な鬱話をつぶやいてきたわけだが、五木寛之さんと香山リカさんの対談集『鬱の力』を読んで、我が意を得たり!と膝を打っている。
作家の五木寛之さんも、精神科医の香山リカさんも、

「治療すべきうつ病と、人間本来の感情である『鬱』は分けなければならない」

という考えを持っている。
経済社会が下向きを続けている日本で、鬱々した気分にならずに、「明日はもっといいことがあるさ!頑張ろう!」なんて前向きポジティブに考える方がおかしい。
今の時代、「ちょっと鬱」くらいが正しい生き方だ、と言うのだ。

ねねね、、、そうよね。
鬱気味くらいでちょうどいいよね。
バブルの再来を本気で信じているようなポジティブバカオヤジとかが社会の実権を握っている実社会で、鬱気味な思考の私は生きにくいのは確かなんだけど、それでもひそかに「それでいいよ」と、言ってもらえたようで、ホッとしている。

ちなみに、香山リカさんが精神科医になったときは、バブル経済が始まる直前で、「これから精神科医になったって失業する」と、先輩に言われたのだそうだ。

『こんなに便利な世の中になったら、ストレスなんてなくなる。
人々の悩みもなくなって、心の病気も減っていく。
それなのに、これから精神科医になるなんてバカだ。』


ほんとにねぇ、バカはどっち?って話ですが、自身のことを振り返ってみても、昭和40年(東京オリンピックの翌年)に生まれ、高度成長期まっただ中で育ち、バブル期に20代前半だった自分の思考も、「もっともっと豊かな世の中になる」って思ってたなぁと反省するわけで。
いい家に住んだり、おいしいものを食べたり、いい服を着たり、海外旅行にどんどん行きたいなんていう、パターン化された豊かな未来を漠然と夢を見ていた。
いや、夢見ていたというよりも、そんな夢を見させられていたという感覚が近い。
あれは、いったい誰の夢だったのだろう?
貧しかった親世代のささやかな夢。
戦争(もしくは戦後)を体験した世代が、もっと豊かになりたい、もっと食べたい、もっと所有したい、と願ったのは、多分、間違ってはいなかったと思うけれど、私たち世代は別の選択をすべき時なのだろう。

なんか、話がまとまらないが、このままup!
取り急ぎ、本のご紹介まで。
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by linket | 2008-07-02 18:38 | ●鬱は自立の第一歩 | Comments(2)
c0007384_13381615.jpg久しぶりの鬱ネタ。
『鬱は自立の第一歩』というカテゴリーで、私の鬱体験を中心に書いてきた。
我ながら、最近はかなり自立できてきたかなぁと思っていたのだが、今日、友人から

『自立とは人と関わって生きることができることだ』

という言葉を教えてもらった。

うむむむ・・・・
確かに、そうかもしれない。
人に頼らず、自分でなんでもできることが自立だと思ってきたが、所詮、自分だけでなんでもなんてできないのだ。
迷惑を掛けないように気をつけても、やっぱりどこかで誰かの手を煩わせたり、助けてもらったりしなければ生きていけない。
そのときに、「自分でやるからほっといてよ」と意固地になるのではなく、ゆるやかに他人の助けを受けられる柔軟さこそ、本当の意味で自立している人間だと言えるのだろう。

自分ができないことは誰かに助けてもらう。
そして自分ができることで誰かを助ける。

自分でできることをしないで誰かに依存してしまう生き方ではなくて、
自分ができることを誰かに奪われてしまう受身の生き方でもなくて、
私はここまでができます、でもここからはできないので助けてください、
と、はっきり表明できること。

ああ、書いててうんざりする。
ちっともできていない。

私がしている仕事は、基本、社内の便利屋さん的なことなので、社外交渉というのはほとんどない。
ほとんどないが、たまにはある。
で、今日がそのたまに、、、の日で、発注した商品の生産について不備があり、なんとかその妥協案を探って、問題を解決しなければならない。。。。のだが、その折衝がしんどい。
どこを着地点に持っていくかがはっきりしていないような場合、特にしんどい。
相手に要求するのはしんどいので、相手の要求のままに受けてしまおうとする自分がいる。
個人のことならそれで自分が我慢してしまえばいいのだが、仕事となるとそうもいかず、頑張って要求するのだが、なにぶん要求しなれていないので、話が険悪になる。
険悪になった案件を、引き続き継続していくのはしんどいなぁぁぁ。

職場では、私が鬱だったことも、そんなわけで交渉が苦手なこともカミングアウトしてあるので、
「できないことは無理してやらなくていいよ(というか、できないことをやられると逆に困るからやるな)」
と、理解をいただいているのだが、なんでもかんでも「できない」って言っていいわけないよな、と妙な気遣いをして、ドツボにはまったりするのだ。

c0007384_2285987.jpgこのまま行くとドツボにはまること決定なので、その前の隙間に、今日は一人で花見に行った。
私の大好きな小石川植物園。

花見は一人で行くことが圧倒的に多い。
自分が大好きなことに、他人を介在させたくないのでね。
というか、結局一人だと現実逃避しやすいんだよね。
そんなわけで、まだ自立にはほど遠い自分なのであった。
とほほほん・・・・
明日は、頑張って取引先に電話します。
せめてひととき、きれいな桜で心をいっぱいにしておこう。
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by linket | 2008-03-27 13:38 | ●鬱は自立の第一歩 | Comments(5)
c0007384_8271362.jpg最近、鬱ネタが少ないのは、私自身の『この世を生き抜く力』が相当に底上げされ、ずうずうしく地に足つけて生活しているから。
そして私からつながる鬱仲間も、それぞれそれなりに元気になって、励ます必要がなくなったから。

私の鬱ネタは、ほとんどがある友人に向けた私なりのエールだった。
彼女より少し早く回復に向かっていた私は、自身の復習という意味合いもあって、ずいぶん彼女と深く関わった。
それは揺らぐ心を抱え切れなかった彼女にとっては心強い支えであり、でも一方で、テリトリーにズカズカと入ってくる私のことを、うっとおしく思ったこともきっとあったと思う。

そんなのはわかっていたけど、普通なら絶対にそこまで他人に踏み込んだりしないんだけど、敢えて私は彼女に踏み込んで行った。

だって、好きなんだもん!(いきなりの愛の告白)

好きならなんでも許されると思ったわけではないが、好きだから放っておけなかったし、愛がなければ関係を続けることはできなかったと思う。
途中、何度も『私が支えることは彼女にとってマイナスなのではないか?』とか、『壊すことが彼女の望みなら、望みどおりにしてあげたほうが幸せなのではないか?』などと思ったことはあったけれど、いい病院と、家族の理解とサポートもあって、なんとか彼女は回復した。
そしてこの四月からは職を得て、また働き始めた。
『よかった、よかった』と、喜ぶあなたの家族には悪いけれど、これですべてが解決したわけじゃないと、私はかなり慎重だったのだ。
疲れたり、体調が悪くなったりしたときに、また振り子が戻るように不安に陥るときは絶対にある。
そのときにどうするかが、本当の勝負どころなんだよと。

案の定、一週間ほど前にそんな状態になって、連休は寝て過ごしていたのだという。
そしたら、私が夢に出てきて、

「あなたはもう大丈夫よ」
と言ったのだそうだ。

そうだよね、彼女はもう大丈夫なんだよね。
夢の中の私は気づいていたらしいが、リアルな私は昔のパターンに引きずられて、ちょっと信用していなかったんだ。

去年、『手伝うから、結界破りをしよう』と、私が言ったこと、たぶん、彼女はどっかで気にしていたんだろう。
夏に、漠然とだけど、もう別に改めて形にしなくても(私が手を貸さなくても)いいのかな?
と、思ったんだけど、確信ではなかったから保留にしておいたんだ。

もう大丈夫だって、私もわかったよ、信用する。

このブログを読んでいる鬱のあなたは、彼女に私がいたように、自分にも支えてくれる人がいてくれたらいいなぁと思うかもしれない。
だけどね、きっとあなたのまわりにもあなたを支えたいと思っている人はいると思う。
ただ、その人は私ほどは厚かましくないんだよ。
大変そうだから手伝ってあげたいなーーー。でも、迷惑なんじゃないかな?って、側でためらっているにちがいないんだよ。
だから、『誰も私のことをわかってくれない!』って、扉を閉ざさないで、自分からSOSを出してみたらどうだろう?

それからね、もしも本当に誰もそんな人がいないなら、あなたは自分で自分を立ち直らせることができるんじゃないかな?
私、鬱だった頃に、こんな夢を見たことがあるんだ。
私の左肩を抱いてくれるあったかい手があって、すごく安心するの。
誰だっけ? このなつかしい手の持ち主は?って、その手をたどっていったら、なんと自分の右手だったという夢。
淋しい話?
ううん、私は夢から覚めたとき、すごく心強かったんだ。
そうだ、私には私がいる。
百万人が私を見捨てても、私だけは私を見捨てないんだって、勇気が湧いたんだよ。

あなたにも、必ず誰かがいるし、なにかが起こる。
それを信用する材料になるように、私はずっと書いてきたんだよ。
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by linket | 2007-09-18 08:30 | ●鬱は自立の第一歩 | Comments(2)
c0007384_1585910.jpgあなたからもらった観葉植物のポニーテール

こんなに元気です

この鉢植えを見るとあなたを思い出すから
あなたが自分を消してしまいたいほど苦しんでいることが
私にはどうしても実感持てないのですよ

水やりも適当で
夏は外に冬は床暖房の上にほったらかしなのに
スクスクと伸び続けるポニーテール

『ねえ、君のご主人さまにもその元気をわけてあげてよ』

世界中の植物達はみんななにかでつながっていて
たえず情報交換をしてるんだって

だからこのポニーテールが聞いた私の祈りは
あなたの身近な植物達から聞くことができるはず

ぬるい励ましなんかに逃げ込まないで
この木とつながる小さな声を探しに行って!

あなたの無事を祈る私の声があなたに届くよう
今日も何度もポニーテールに話し掛けている
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by linket | 2007-03-02 01:58 | ●鬱は自立の第一歩 | Comments(2)

「死ぬまで生きろよ!」

c0007384_1534344.jpg「死ぬまで生きろよ!」というのは、死んだ父の口癖だった。
酔っぱらって上機嫌の父が、仲間と別れるときによく口にしていた。
子供だった私は「死ぬまで生きるのは当たり前じゃない」と、冷めた目で見ていたのだが、今になると、もっと深い意味があったんだろうなと思う。
戦時中に満州に渡り、現地で召集されたのち終戦を迎え、シベリアに抑留されていた父にとって、死は身近な存在だったはずだ。
特に捕虜として抑留されていた三年あまりの日々は、帰郷のあてもなく、同胞達が次々と死んでいく絶望的な状況が、どんなに父の死生観を深いものにしたか、平和な時代に育った私には想像すらできない。

私なんて、鬱になったときに平気で『死ぬまで生きる』ことを投げ出してしまおうとしたこともあったわけで、あのとき父が生きていたら、きっと拳のひとつやふたつ、飛んできたに違いない。
それでもね、経験していないことはある程度の想像しかできないわけで、私には父の戦争体験に本当の意味で共感を持つことはできないし、豊かな生活をしていながら死にたくなった私の気持ちを、父に共感してもらうことも多分無理なんだろう。

ところで、先日、てっちりを食べにとらふぐ亭というお店に連れて行ってもらった。
フグを専門店で食べるのは生まれて初めてなので、同席の人からいろいろとうんちくなど聞きながら、初心者女子の私はひたすらに灰汁をすくう。
無の境地くらいに一心不乱に灰汁をすくっていたら、なんだか父の気配をチラチラと感じるのだ。

父が死んでからも、私は彼の気配を身近に感じてきたのだが、去年の2月くらいにそれがはるか彼方に遠ざかってしまっていた。
没後20数年経って、ようやく成仏してくれたか・・・と、安心しつつも少し淋しく思っていたのだけれど、フグに釣られて出てきたらしい。
フグ好きだったのかな?
貧乏だったし、海なし県の群馬だったから、家族でフグを食べたことなんて一度もないし、父が「フグはうまいぞ」なんて言ったことを聞いた記憶もないのだが、なんだかやたらと嬉しそうな父の気配が伝わってきて、灰汁をすくいながら思わず口元が笑ってしまう。

となりのテーブルでは10数人のサラリーマン達が新年会で盛り上がっており、酒に酔った何人かが、大きな声でしゃべり続けている。
そしてそのうちの一人が、

「死ぬまで生きろよ!」

と、言ったのだ。
やだなぁ、涙出ちゃうじゃないか!
フグ食べながら、泣くなんてかっこ悪いから、泣くの我慢しなきゃいけないじゃん。
お父さん、私はもう生きることを諦めたりしないよ。
ようやく自分で『死ぬまで生きる』ことの大切さがわかったからね。

とりあえずは、ありがたく目の前のフグを食す。
うまいもん食べられるのも、生きてるうちだものね。
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by linket | 2007-01-07 15:16 | ●平熱スピリチュアル | Comments(2)
c0007384_8243820.jpgいつもえらそーなことを書いているが、実は自信がない。
自信がないというか、自信がある状態というのがよくわからない。
『自信がある』という人は、いったいなにを頼りにそう言い切れるのか教えてほしい。

道端のサザンカがきれいに咲いていた。
サザンカは自分に自信がないなんて思わないだろう。
だってサザンカはサザンカにしかなりようがないから。

私だって私以外にはなりようがないのだが、そもそも『私』というものがうつろいやすくはかない幻みたいなものなので、そんなもの頼りにできるわけがない。

親の庇護下にあったときは、明確な指針があった。
親の言うことをきき、家の手伝いをよくやり、成績がよくて、友達が多く、先生にも気に入られ、つまりは社会に出て役に立つ人間になれ、と親はあらぬ期待(ありがちな期待というべきか?)をかけていたように思う。
もちろんそんな都合のいい人間にはなりようがないのだが、末っ子で要領がよく小器用だったことが災いして、私の自信はいかに人から評価されるか、という基準で培われていった。

その基準で言ったら、成績はよかったです。
なんのバイトをしても、使えると言われていい気になっていたし、正直、私のようにできないヤツは馬鹿にしていた。
他人と比較して優れていることを自信というなら、あのころの私は自信満々だったな。
あんなのが『自信』というものの正体なら、今の私はもういらないけどね。

この間、『もっと自信をもって! 大丈夫だよ。自分の積み上げてきたことを振り返ってみて』と言ってもらった。
そんなことを言われて改めて考えてみたら、自信がなくて、不安で、心細くて、それが凝り固まって重く冷たく凍っている自分の一部を発見してしてしまい、非常にとまどっている。

こんなに自信がなかったのかよ、私・・・。
でもそれは、多面体である自分の中のある一部分でしかない。
見てみないふりをすることはもうできないけれど、そこにばかり焦点をあてても、真実の私が浮かび上がるわけではない。
そういうダークな部分があることを受け入れつつ、これからどんな自分になっていきたいか? の方が私には重要だし。

私はもっと伸びていきたい。
愛する人と上手にコミュニケーションがとれるようになりたい。
自分が受け入れられないと思うことに、過剰反応しないようになりたい。
愛することと、現実的に生きることのバランスをうまくとれるようになりたい。
つまらないことに傷ついたり、過去のパターンで泣いたりしたくない。
そしてなにより簡単にあきらめたくない。

自信はなくてもいいかな。
真摯に人生を積み上げているうちに、「おお、これが自信を持つってことか!」ってわかったら、またご報告しますわ。
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by linket | 2006-11-26 08:24 | ●鬱は自立の第一歩 | Comments(6)

この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため


by hami