Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

linket.exblog.jp

この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

どこにいても なにをしていても だれといても

この胸に 自由でおおらかで たくましく

美しく さわやかで たおやかな私を抱えていよう

だれに知られなくても 誤解をされても

自然物である私というものからつながるエネルギーの源の

十全さを信じていよう
[PR]
# by linket | 2005-07-03 16:46 | ●無駄人間になってやる
「渡さない!」貴親方が前言撤回、若と遺骨バトル
今日は友達に借りたDVDで「世界の中心で愛を叫ぶ」を観た。
こ、これは平井堅の「瞳をとじて」の壮大なプロモーションビデオですか?
まぁ、それはおいといて、白血病で死んだ昔の彼女の遺灰をオーストラリアの風にまいていたのが、実に気になる。

骨、そんなに大事ですか?

個人的には、骨は骨としか思えない。
もしも肉体が死んでも私を構成するなにかが残っていると家族が思ってくれるなら、骨なんかより空想でもいいから魂とか星とか風とか、それが無理ならせめて遺影の中に、私のかけらを探してほしい。
骨はやめようよ。だいいち美しくないし。生々しすぎだよ。

だいたいね、大事にしたいなら、生きてるうちにやろうよ。
あたたかい手を重ねて、愛してるって伝えようよ。
たとえこの肉体がいつか朽ち果てようとも、
たとえこの愛が未来永劫つづかないとしても、
いまここにある想いを出し惜しみするなんてもったいないよ。
そんなもったいないことしてるから、伝えられなくなったとき、後悔しまくりで骨に執着しちゃうんじゃないのかな?

そもそも、骨なんか残すから騒動のもとだと私は思う。
聞くところによると、最近は遺骨の始末に困って電車に忘れたふりしてしらばっくれたり、他人のお墓に勝手に入れちゃったりする人もいるそうだ。
遺骨をそんなふうにされた場合、元の持ち主(つまり死んだ人)は成仏できなかったりするんだろうか?
そんなこと考えると、この世が成仏できない霊魂ばっかりでうまってしまいそうなので、私はどんな死に方をしても、どんな弔い方をされても、成仏できるって信じたい。
本物の神様や仏様なら、そんな迷える人こそ救って下さるはずでしょう?

骨はお墓に入れなければならないと思っている人が多いけど、実はそうでもないんですね。
お墓に入れずにずっと側に置いておいてもいいし、粉状にして『節度をもって』まくなら、散骨できる場所もある。
自分の私有地であれば、そこに散骨してもOK。
庭にお父さんの遺灰をまいてもいいわけです。
だからって、オーストラリアの大地(それもアボリジニ人の聖地)にわざわざ遺灰をまくのはどうなんだろう?
たとえばね、あなたの家の庭がすごくきれいで、知らない人がやってきて
「死んだ母はお宅の庭が大好きだったので、ここに母の遺灰をまかせていただきました」
って言われたらどうよ?
そりゃ、ないでしょう!

というわけで、おそらく私の骨を始末してくれる子ども達へ
一生貸家暮らしなのに、墓だけ買うのも私たちらしくないし、骨は遺灰にして適当に(ただし合法的に)始末してくれればそれでいいです。
私はちゃんと成仏しますので、ご安心くださいませ。
くれぐれも私が行きたがっていたイギリスのキュー植物園とかに遺灰をまくようなことはしないように!
私は生きたように死んでいくことを本望だと思っているので、そんな自己満足なことをして、大好きなキュー植物園にご迷惑かけるようなことをしてほしくはありません。
それより費用と時間を使うなら、自分たちが行きたいところに行きなさい。
生きているうちに。
そうじゃないと、今度はあなたの子どもがあなたの想いを遂げるために、宇宙とかに行って遺灰をまくハメになるからね。
[PR]
# by linket | 2005-06-14 12:54 | ●メメントモリ(死に支度)
<希望職業>男児の首位、3年ぶりに「野球選手」 第一生命
幼稚園の頃、息子は「大きくなったら包丁屋さんになる」と言い続けていた。
なぜに包丁屋さん?
ちなみに包丁屋さんというのは『包丁を売る人』ではなくて、『包丁を作る人』なのだそうだ。
そんなに興味があるならと、一度、近所のデパートでやっていた江戸職人展に連れて行ったことがある。
ところが息子は、1ブースにこじんまりと座って包丁を研ぎ、ニコニコお客様に包丁を勧める職人さんの姿をみて、
「これじゃない。帰る!」
とのたまった。
いったい彼は、見たこともない包丁屋さんに、どんな夢を描いていたのだろうか?

そういえば、我が娘は小学校のとき、大きくなったら『鳥になりたい』と書いたことがあった。
担任の先生からは
「こういうことを言うお子さんは、心に鬱屈したものを抱えているんです」
と言われ、母親失格の烙印を押された気分だった。
今思えば、
「姿勢が悪いと背骨が曲がって、背中に鉄の棒を入れなきゃならなくなるんだよ。
だけどそれが錆びてくるから何度も手術して入れ直さなくちゃいけないんだ。」
などと大嘘こいて、猫背気味の娘を恐怖のどん底に陥れた先生の方に問題ありじゃんと思えるのだが、あのころは若い母だったこともあって、相当悩んでしまった。

いずれにしても、こういうアンケートって、意味あんのかな?
卒園、進級、卒業などのたびに、お約束のように書かされる『将来の夢』。
で、将来有名になったり、事件を起こしたりすると、またまたお約束のように卒業文集に書かされた『将来の夢』が直筆でテレビに登場する。
イチローのように、子どものころから将来の夢に向かってまっしぐら進める人間なんて、本当にひとにぎりしかいないはずだ。
子どもなんてのんびり大きくなればいい。
寄り道して、失敗して、それでも自分の足で歩いていけるって自信さえ持てればいい。

だいたい子どもって、大人の無意識の期待に応えようとするでしょ。
おじいちゃんに
「大きくなったらなにになりたいんだ? ん?」
と聞かれて、
マジレンジャー
と答えたときの大人の反応と
「学者さん」
と答えたときのそれを、子どもはちゃんと受け取っている。
だからこんなつまんないアンケートの結果が出てくるんだよ、まったく。

まあ、『大きくなったら兵隊さんになる!』なんて世相でないだけでも、ありがたいと思っておこう。
[PR]
# by linket | 2005-05-05 09:57 | ●楽しい我が家

Welcome to my blog!!

はじめまして、ブログlinket(リンケット)管理人のhami(はみ)です。
実は、このブログを開設以来、hamiという名前を封印していた(だってさ、exciteblogって、基本設定だとブログのIDが書き手の名前として固定されちゃうんだもん)のですが、別ブログ『深呼吸する言葉・hami』を立ち上げたのを気に、hamiをネットのHNとしたいと思います。
linketって、どういう意味ですか? とよく聞かれるのですが、link + netから作った造語です。
造語なので他とかぶることが少なく、ID取得なんかには重宝してます。

ひっそりとブログを始めた当初は、いろいろとブログ名については悩んだのだけれど、結局『Frosty Night(逝くなら霜夜に!)』という訳のわからない名前に。
例えば、『着物大好き!』とか、『スピリチュアル研究会』とかのわかりやすいブログ名をつければよいものを・・・。
まあ、わけはわからないけど、一度かじったらやめられない!というようなブログを目指しています。

ちなみに、ブログ名の出所は『ハマーアウト』という映画。
そのなかで気のふれたフリをしたばーさんが、子ども達と好き放題をしたあげく、あるfrosty night(霜夜)に、庭で凍死することを選ぶというシーンが、ものすごく羨ましかったから。

霜夜は星が美しい。
空を埋め尽くす星々が、音にならないメロディを奏でながらきらめく。
キーンと冷え渡る空気。
大地に横たわった私は、静かに目をとじ、そして宇宙に還るのだ。

もちろん実現はしませんよ。
遺族に迷惑かかりますから。
たぶん死ぬときは、病院とかで死ぬんでしょう。
でも気持ちは、そんなふうに自由でいたいと願っています。
常識ハズレだけど、ちゃんと生きてる。。。そんな私が好き勝手書いてるブログです。

結構長く続けているうちに、過去記事も膨大な数になってしまったので、
初めてご訪問された方は、興味のあるカテゴリからのぞいていただければ幸いです。

frosty nightのカテゴリ↓↓↓は以下の通り

深呼吸する言葉合流録
きつかわゆきおさんが始めた『深呼吸する言葉ネットワーク』に、2008年5月30日から合流しています。
深呼吸する言葉ブログ『深呼吸する言葉・hami』には、一日一文百文字以内の厳しい掟があるので、そっちでは書ききれない思いの丈や、記録的なことをこっちで書いていきます。

平成お着物デカダンス
私はお茶や日舞を習っているわけではないので、フォーマルな着物の作法については全然詳しくありません。
私が着たいのは、日常着としての着物。
だからお約束無視の、平成的お着物着ましょう!の推進運動を展開しております。

鬱は自立の第一歩
10年くらい前、昨今のブームを先取りして鬱(うつ)でした。
役立つ病院や薬情報などは書いていませんが、鬱を体験してよかったな、という気持ちから、鬱で悩んでいる方へのエールとなるような記事を心がけています。

メメントモリ(死を想え)
私は生きることと死ぬことは、続いている当たり前のことだと思っている。
みんないつか死ぬのです。
死ぬときにジタバタしたくはないから、生きてるときから『死』について考えて準備しておく。
まっ、そんなご大層な内容じゃないですけど、死ぬのはそんなに怖いことじゃないし、悪いことってわけでもないよ、多分。

平熱スピリチュアル
猫も杓子もスピリチュアル流行りです。
でも、偏狭で声高に人を批判したり、人を脅したり、人の未来を限定したりするのは違うと思う。
誰かを信奉してるわけではないので、あくまでも自分の体験したことを軸に書いています。

楽しい我が家
転職経験20回以上の夫と、一姫二太郎の我が家の日常など。
楽しいばっかりでもないけどね。

10年前の私
月いち企画。
10年前のその月から抜粋して、私の過去日記を公開しています。

頑張れ若造!
いまどきの若者はすごい!と私は思う。
だから本気で、エールを送ります。

浮き世ネタ
私の記事は比較的重いというか偏っているというかマニア好みなのですが、浮き世ネタは軽いタッチで読めると思うので、当ブログ初心者の方におすすめ。

無駄人間になってやる
無駄(マージン)がなくなった世界は怖いので、私はいつでも誰かを手伝える非常要員の無駄人間でいたい。
だけど無駄人間がクズだったら目も当てられないので、これでも結構苦労して切磋琢磨しておりますのよ。

母と仲良くしたいけど
『母の愛は海よりも深い』とか聞くと、居心地が悪くてムズムズしてしまう。
母とは他人行儀にしかつきあえない。
そのことに罪悪感を持ちつつこのカテゴリを書いたら、そういう人が結構多いことを知って安心しました。

魔女修行
引退したら、田舎で魔女になりたいので、それを意識した修行の数々など。
手間隙かけてた分はおいしさに自信ありの料理記事もあり。

message for you
たまらなく大好きなあなたへ届かないメッセージを。

■注意事項■
リンクはフリーです。フリーですけど、ひと言いただけるとさらに嬉しいです。
過去記事でもコメント大歓迎です!
ただし、理由のはっきりしないトラバや不愉快なコメは容赦なく削除した上で、軽く呪いますよ。
私の呪いは結構効くらしいので、お気をつけあそばせ!!!

また、不定期&ランダムに、過去記事は削除しております。
その際、申し訳ありませんがいただいたコメントも削除されてしまいます。
過去を振り返らない女のわがままと、お許し頂きますようお願い申し上げます。
[PR]
# by linket | 2005-05-05 05:55 | ●about this blog
おとうさんしむの?
父が亡くなったのは、私が17歳のときだった。
54歳も年が違い、知らない人からはよく「お孫さんですか?」と聞かれた。
身体も弱く、入院ばかりしていたので、父が71歳で死んだときも慟哭のような気持ちはなくて「まっ、しょうがないか。歳だし」と思っていた気がする。
もちろん、いつもいた人がいないことの淋しさやせつなさは、二十数年たった今でもなくなることはないけれど。

息子が小学校一年生のとき、担任の先生が癌で急に亡くなった。
まだ40歳くらいで、一学期の終業式には「夏休みが終わったら、また会いましょう!」と言っていたのに、二学期の始業式が始まるほんの数日前に帰らぬ人となった。
その訃報を連絡網で回してきた同級生のお母さんは
「子どもになんて言って伝えたらいいの!?」
と言って、電話口で号泣した。
私よりも年上なのに、人の死に慣れていないそのお母さんに私は同情した。
ほとんどの人が宗教を持たない私たち以降の世代は、人の死を受け入れていくために新しい切り口を見つけなければならないだろう。

死んだらどうなるか、なんて知らない。
魂があるのかも、天国があるのかも証明はできない。
でもファンタジーでもいいから、父の魂があって、天国から私たちを見守ってくれている、と私は信じたい。
誰にも相談できずに苦しいとき、「お父さんだったら、どうする?」と、ふと聞いてみたくなる。
「きっと、こうしろって言っただろうね」と答えをもらった気になる。
その答えは、私がねつ造したものだ。
でも父と関わっていたからこそ、ねつ造できた答えでもある。
父が私と生きていたことは、彼が死んでしまった今でも影響力を持ち、消してしまえない事実なのだ。

そして私もいつかは死んでしまう。
私だけではなく、生まれてきた人はいずれ死ぬ。
絶対にそこから逃れることはできない。

だから私は生きるのだ。
今日を生きるのだ。
好きな人には「好きだよ」と伝えるのだ。
面倒だなと思いつつ、家族のためにご飯を作るのだ。
うっかり感情的になって子どもを怒ってしまったら、取り返しがつかなくなる前に謝るのだ。
毎月毎月、支払いに追われてうんざりしても、投げたりせずに生活していくのだ。

 お母さんはいつか死んでしまうけれど
 あなたたちと過ごせて本当に楽しかった
 死んでも必ず天国から見守っているし
 ときどきは風になったり、花になったりして
 遊びにくるよ

これを書いていたら、外で鳥が鳴いた。
父が遊びにきたのかもしれない。
[PR]
# by linket | 2005-05-01 11:09 | ●メメントモリ(死に支度)
シカゴ地下道の壁のシミに聖母マリア現る? | Excite エキサイト
娘がカトリック系の幼稚園に通い始めてしばらくたったころ、
「マリア様の心、それは『パパイヤ♪』〜〜」
という歌を覚えて帰ってきたことがある。

カトリック系の幼稚園と言っても、我が家が特に宗教を持っていたわけではなく、宗教的信念を持って保育に当たられていたシスターや先生方にしたら、無礼極まりないことだったに違いないが・・・
制服がクラシックでお利口そうに見えるのにつられていった入園説明会で、園長のシスターからは、
「この園の特徴をひとことで言うとすれば『ゼンジン教育をめ・ざ・す』と言うことです。」
といきなりやわらかなお言葉のカウンターパンチを賜る。

えっ? ゼンジンって、どんな字? 漢字に変換できないんですけど!
だいたいシスターって、初めてこうして間近にみるけど、やっぱり同じ人間とは思えません。
ご立派過ぎます。
申し訳ございません! 場違いでございました!
気短で子どもを怒鳴ったりする私ごとき悪しき母親は、もともと足を踏み入れる資格などなかったのでございましょう。
それでは、皆様ごきげんよう!!

と速攻立ち去りたい勢いだったのに、一緒に説明会に行った仲良しのママが
「私ね、夢にシスターが出てきたの! これは運命なんだわ!」
と雷に打たれたように入園を決めてしまい、友達の少なかった私たち母子は、不安を抱えつつ彼女の英断に従ったのであった。

まあ、自由保育に近い保育方針は魅力的だったし、なにより、子どもたちに幼いころから人智を超えた神の存在に手を合わせる謙虚さを持って欲しいという気持ちもあった。
入園してみれば、担任はシスターではなく普通のお姉さん先生だったし、ママさんたちも信者の人はほとんどいなかったんだけどね。ホッ・・・・

朝、登園するとまずはマリア像にご挨拶。
「イエスさま、マリアさま、おはようございます。」
うきょーーー! かわいいぞ、我が子たち!
そしてこのときばかりは、悪しき母も一瞬ながら敬虔な気持ちになる。
「どうか今日一日、この子たちを見守ってくださいませ。」
朱に交われば赤くなる。
マリア様に祈れば、汚れた我が身もわずかながら清らかになるというもんである。
そして園生活にも慣れてきた5月に、母の日にちなんでマリア様をお祝いするマリア祭というのが行われる。
その時に歌う歌が、前述のマリア様の歌なのだ。

しかし、意味がわからない。
マリア様の心=パパイヤ?
どんな宗教的な寓話がそこに隠されているのか?

「ねぇ、それってどういう意味? 先生に聞いてきて。」
次の日、娘はちょっと恥ずかしそうにこう言った。
「あのね、パパイヤじゃなかった。」
「でしょ? で、本当はなんなの?」

「マリア様の心、それはササンワ♪」

ササンワ?
これは何かの宗教語なのかしら?
ゼンジンは『全人(知・情・意を調和してそなえている人のこと)』だってわかったけど、今度はササンワ? 漢字・・・ではないよね?

悩んだあげく、私はもう一度娘に確認をお願いする。
そして次の日、ついに真相が明らかになった。

「マリア様の心、それはサファイヤ♪」

マリア様、やはりあなた様には『パパイヤ』よりも『サファイヤ』が似合います。
ですから、私めはマリア様には下水道の壁よりも、空気のよろしい緑に囲まれた公園の壁などの方がお似合いになるのではないかと思うのですが、そこはやはり愛にあふれたマリア様のこと、人のいやがるところにこそ、愛の光を灯そうということなのでございましょうか?

【2005.5.8追記】
下水道の壁のマリア様が塗りつぶされてしまうとのこと。
どうか今度はもっとマリア様にふさわしい場所に出現なさいますように。
[PR]
# by linket | 2005-04-23 10:00 | ●楽しい我が家

墓なんかいらないよ

私は今年で40歳。
平均寿命の半分で自分の死や葬送、墓のことを考えるのは早すぎるのかもしれないけれど、いつ訪れるかわからない自分の死に際して、それを商業化されたるのは嫌だ! という思いが強い。
とにかく私は慎ましく生きてきたのだ。
自分に必要なものさえ手に入ればそれでいい。
墓はいらないんだよ。
高いし、狭いし、環境によくないし、なにより美しくないし。

昨年父の二十三回忌で兄弟が集まった際、姉に「私は墓は作らないつもりなんだ」と初めて話題にしてみたのだが、「そんなことできるわけないじゃない!」と一蹴された。
田舎で育ち、同じ町内に嫁に行った姉には、墓に入る以外の選択があることなど考えもしていないのだろう。
私も姉と同じ立場だったら、近所の知り合いがたくさん眠る共同墓地に自分が埋葬されることになんの疑いも持たなかっただろうが、私は仕事先で知り合った夫(次男)と結婚し、埼玉県の公団に住まう身だ。
この地に深い思い出があるわけではなく、さりとてどこかに憧れの地があるわけでもなく、たまたまここで子どもを生み育て、子ども達はやがてここから巣立っていく。
たとえば子ども達が遠い場所で暮らすようになったときに、私の墓を思い出すよりも、私と生きて関わった思い出そのものを思い出して欲しい。
いや、「思い出して欲しい」というか嫌でも「思い出してしまう」くらい、生きているうちに深く関わってやろうと思うのだ。

私は17歳で父を亡くしたが、22年以上経った今でも、父のことを思い出さない日はない。
まあ、忘れるに忘れられないインパクトのある人だったわけだが、年に一度行くか行かないかの墓参りよりも、私にとっては自分の生活のリズムの中に息づいている父を思い出すひとときの方が、はるかに『供養』と呼ぶにふさわしい行為として根付いている。

父を思い出すとき、私は自分の右上あたりに父の気配を感じる。
それは勝手に私が作り上げた想像の産物かもしれないが、こうして父を思い出しながらこれを書いている今も、やわらかな父の笑顔をエネルギー化したようなあたたかさが私に降りそそいでいる。

私が死んだ後、私と生きて関わった人たちもこんなふうに私を思い出してくれるといいな。
バカバカしいほど高い墓石や、信じてもいない宗教の決まり事なんかに縛られて義務的に思い出してもらっても、全然嬉しくないんだよね。
だからさ、なんどもいうけど墓石はいらないよ。
[PR]
# by linket | 2005-04-16 16:21 | ●メメントモリ(死に支度)
NY村上隆によるサブカル展、現地の反応は? | Excite エキサイト
二年前、ドイツからティーンエイジのお嬢さんが我が家にホームステイにやってきた。
短い日程の中、日本文化にたっぷり浸っていただくために、振り袖着せて写真を撮ろうとか、柔道の練習を見に行こうとか、日光(京都は遠いから)に行こうとかの計画を立てるも、一応彼女の希望を聞くと、一冊のドイツ語雑誌を取り出し、
「こういうカッコをした人を写真に撮りたい!」
とドイツ語混じりの英語で言う。
Cawaiiというその雑誌には、コスプレとかゴスロリの写真が・・・。
これが、我が国が世界のティーンエイジジャーに誇る文化だったのか!?
シラナンダ(×_×)

仕方なく、ネットや口コミを使ってリサーチ。
フムフム、コスプレはアキバ系で、ゴスロリは原宿系ね。
というわけで、土曜日の原宿におでかけ。
ほんとは原宿嫌いなんだよね。
人が多くて疲れるから(限りなくひきこもり系)。

後で知ったが、土曜日よりも日曜日の方がゴスロリさんが多いらしい。
それでもようやく目の端に入ったゴスロリ姉さんを見るやいなや、彼女は私の腕を掴み
「彼女に写真を撮らせてくれと言ってくれ!」らしき英語を叫んでしきりにせがむ。

困ったなあ。
同じ日本人でも、ああいう人とは接点持ったことないんだよね。
マイワールド展開中のああいう連中と、コミュニケーションなんかとれるのかよ!
と思いつつも、彼女の必死さに負けて、おそるおそる声を掛けてみる。
「す、すいません。。。。写真撮らせて頂けませんか? ドイツからきたこの子がどーしても写真を撮りたいっていうもので!」
「あっ、いいっスよ。どうぞ。」
とにっこり笑うゴスロリ姉さん。

しゃべったよ、笑ったよ、話が通じたよ!
友達呼んで、ポーズまで取ってくれてるよ!
いままで別世界の人だと思い込んでて悪かったよ!
ありがとう!
今度からは同じ日本人だと認識するよ!

「So cute!!!!!!!!!!!!!!」
と、喜びまくってシャッターを押す、ドイツ人の彼女。
い、いや・・・キュートなの? どうみても30歳はいってそうな姉さんだよ。
思ったよりフレンドリーだったけど、キュートというよりは、おぞましいんですが・・・・
これが誇るべき日本の文化って言われても、なんか複雑なんですけど。

それから彼女は大好きなヘビメタロック歌手と一緒に撮ったつもりになれるプリクラを撮り、その歌手がよく訪れるという洋服屋で
「ああ、彼がここに来たことがあるって思うだけで、もう爆裂感激しちゃった!」
らしきことを叫び、原宿のBook Offでその歌手のCDを買いまくった。
その歌詞が読みたいばっかりに、日本語も勉強中とのことで、「死」とか「苦しい」とか「殺す」とかの単語をよく知っていた。

おみやげに、Hideの人形と「京」の親衛隊リストバンドと、ゴスロリ雑誌と、漫画の『りぼん』を買い、彼女は満足そうに帰国した。
今年の秋、今度は友達と連れだって、また我が家にやってくるそうである。
行きたいところは『原宿のBook Off』。

なにはともあれこうやって世界の文化は融合し、敵も味方もなくなるのなら、それはそれでよしかもしれないと思う。
やっぱりちょっと複雑だけど。
[PR]
# by linket | 2005-04-15 08:38 | ●頑張れ若造!

この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため


by hami