Frosty Night(逝くなら霜夜に!)

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この地球に生まれてきた訳は、確かな信念を持つために、制約された条件の中でひとつのことに邁進し、思いを具現化させるため

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c0007384_10392860.jpg久しぶりにブログにログインして、レポートを見てみたら、毎日2名様くらいが、「死にたい」「彼女が死にたいと言う」というようなキーワードでここにたどり着いており、前に書いた記事「死にたい」と言う彼女を救う方法に追加したい気持ちになった。

なので、改めて言う。
「死にたい」と言う彼女を救う方法なんてない。

でもね、救う方法はないんだけど、そんな彼女と関わる方法ならあるかもしれないと思う。

私は診療内科の医師でもないし、心理カウンセラーでもないし、昔、鬱を経験したただのおばさんでしかない。
だから、自分の体験したことを中心に書く。

私は意地っ張りで、夫に自分が鬱っぽい状況であることをずっと言わなかった。
言えなかったのではない。言わなかった。
夫にそんなことを言っても、助けてくれないのがわかっていたからだ。

でも、本当につらくなったときに、「死んじゃいたい」と言ってしまったことがある。
夫は、「そんなこと言われたって、俺、どうしたらいいんだよ」とうろたえた。
まさに、想像した通りである。
想像した通りだったので、逆に私はホッとした。

あのとき、夫が「死ぬなんてダメだ!」とか「頑張って生きろ!」とかの正しい(けど全然らしくない)ことを言ったら、私は夫と離婚するか、発作的に自殺してしまうかしてたと思う。
夫は実に正直に、ありのままに、「どうしたらいいかわからない」と言った。
いい恰好しいの私と違って、夫はいつも飾らず、背伸びせず、ブレずに生きている。
そのニュートラルさに、私は救われてきたのだなぁと思う。

私は、子供のころから、『いい子』だった。
親が望むいい子をよく心得ていて、勉強ができて頑張り屋で真面目な自分を生きていた。
でも、いい子でいられない自分の衝動に突き動かされてしまったときに、それまでの私が壊れた。
それが鬱という状態だったのだと思う。
「いい子で生きねばならない」というしがらみと、「ありのままの私じゃいけないの?」というせめぎあいの中で、私は自分の居場所を失った。
でも、夫は、そんな私と関わるのを「どうしたらいいかわからない」なりに、受け入れてくれた。
いい子じゃなくても、夫は私を批難もしないし、捨てもしなかった。

だからね、あなたは、あなたのまんまで、「死にたい」と言う人と関わればいい。
どうしたらいいかわからなかったら、うろたえればいいし、そんな面倒は勘弁してと思うなら、サッサと別れた方が身のためだし、そんな彼女でもなんとかしてあげたいと思うなら、覚悟して関わればいいし、彼女が自分の前からいなくなるなんて嫌だと思うなら、そう彼女に伝えればいい。

そのありのままの全部が、きっと彼女に伝わるから。
伝わったものを、どう受け取るかは彼女の選択だから、あなたがどんなに頑張っても、彼女は心を開かず死を選んでしまうかもしれないけど、でも、必死で人と関わったら、必ずなにかは変わるから。

毎日毎日、死にたいと思っていた私は、今、生き残って、50歳になった。
毎日毎日、忙しく働いて、身近な人たちと真摯に関わり、充実した日々を過ごしている。
今、あの鬱屈した日々を思い出してみるけど、なんであんなに死にたかったのかわからないし、そこからどうやって抜け出せたのかもわからない。
暗闇の中で、ある日突然日の光が射して、すべてがうまく回りはじめたわけではないし、白馬の王子が颯爽と現れて、私をお城に連れて行ってくれたわけでもない。
ただ、しんどい日やつらい日や死にたくなるような日も、なんとかやり過ごし、仕事をして、家族と一緒に過ごし、ご飯を食べ、だましだまし、日常を積み重ねてきただけだ。

今は、生きててよかったなぁ、(鬱になったことも含めて)幸せな人生だなぁ、と思う。

あなたにも、あなたの大事な人にも、そんな日がきますように。






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by linket | 2015-08-03 12:38 | ●鬱は自立の第一歩 | Comments(2)

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by hami